★ 6月の更新履歴 ★
 6月30日
新城市
新城駅東側の 金胎寺 は行者堂だけが残っていました。

真言宗醍醐派の寺院で、山号は亀甲山、本尊は不動明王。
新城城主菅沼氏の祈願所となっていたが、今は本堂は取り壊されて、行者堂だけが残っている。

 6月29日
田原市
馬伏町の 東仙寺 を追加しました。

真宗高田派の寺院で、山号は嶺光山。
本堂に扁額には「東仙精舎」となっいる。

 新城市 旧七郷村役場跡を追加しました。

国道151号線を北上していくと、井代地区に宝珠院がある。 その手前100m程の所から左に入る細い道があり、旧道に入って6〜70m程進むと、右側に重厚な門柱を備えた井代公民館がある。
これが旧七郷村役場で、昭和31年(1956年)4月1日、七郷村・大野町・長篠村・鳳来寺村が合併して南設楽郡鳳来町になるまで、ここが村の中心だった。 その後、平成17年(2005年)10月1日に南設楽郡作手村と共に新城市と合併、現在に至る。

 6月28日
新城市
鳳来寺表参道の脇にある 真増寺 を追加しました。

曹洞宗の寺院で、嶺鳳山。
鳳来寺表参道の途中に、広い駐車場のあるお土産屋さん兼食事処の「かさすぎ」がある。このすぐ先に左に下る道があり、ここを進めば正面寺真増寺がある。

愛宕山山頂にある 愛宕神社 を追加しました。

国道151号線を東栄町方面に向かう時、湯谷温泉 の手前で真正面に見えるおにぎり状の山が愛宕山(標高220m、比高50m)、その山頂に鎮座しているのが愛宕神社で、更にその奥には金毘羅大権現の祠が祀られている。
天安年間(857〜859年)、ここに竹田式部将監が井代城を築いたというが、遺構らしきものは見当たらない。
山頂からは井代の街並みが一望できる。
国道沿いの登山口から山頂まで、ゆっくり歩いて15分程で到着する。

 6月27日
豊川市
6月にオープンした 豊川海軍工廠平和公園 を追加しました。

豊川海軍工廠の戦争遺跡を保存活用し、海軍工廠の歴史から平和の尊さを学ぶ場として、豊川海軍工廠があった場所に、平成30年(2018年)6月9日開園した公園。
海軍工廠の火薬庫や信管置場などの戦争遺跡や、海軍工廠の歴史などを紹介する平和交流館などがあるが、火薬庫や信管置場の中を見学するには、事前に受付に申し込んでおかなければならない。ボランティアガイドの方が案内してくれるが、時間が限られているので要注意。

 6月26日
新城市
七久保不動滝 を追加しました。

七久保不動院 から更に100m程上るとT字路に突き当たり、林道雁峰線に出る。 左に行けば 石座神社 の奥の院と言われる 磐座信仰の巨石 「石座石」 があるが、ここは右に曲がる。 曲がってすぐ左側に石段があり、道の脇には旗竿が立てられている。 この竿の立てられている道を進めば、迷うことなく10分程で不動滝に着く。
大きな滝ではないが、柄杓が用意されているということは、この水は飲めるのか? チョッと、飲む勇気はなかった・・・・・ そして、滝の横にはお不動様が祀られている。

鳳来寺山パークウェイで 野生の猿 に出会いました。

鳳来寺山パークウェイを走っている時に、野生の猿を発見! 
何やら食べ物を見つけたようで、当方には気づいていない様子・・・・・
カメラを向けたら、こちらを睨め付けているが、逃げる様子は全くない・・・・・ シャッターを切っても動こうとしない・・・・・ もう、この道を走る車には馴れちゃったのか・・・・・

東栄町 奈根の子安地蔵 を追加しました。

国道151号を北上しJA東栄直売所の手前左手に奈根公民館があり、その道路向かいに東に入る細い未舗装の道がある。
10m程行くと左斜面に子安地蔵尊が祀られている。 
道路は未舗装だが、地蔵尊の前は少し広くなっていて、ここに車を停めれるし、ここでUターンすることもできる。

 6月25日
設楽町
清崎の 旧田口線鉄橋跡 を追加しました。

国道257号線を北上し、清崎の信号から国道を外れて真っ直ぐに進むとすぐに橋を渡る。 この橋が旧田口線の鉄橋跡で、ここから田口まで6つのトンネルを通る。
橋脚も当時のままのようだが、橋の上からは見えないので、257号線をもう少し北上して、川の中に清崎の弁財天 が見えた所で後ろを振り返ると、橋全体を見渡すことができる。

田口の 寶珠寺 を追加しました。

旧設楽町役場趾(今は駐車場になっている)の東側の道を上がって行くと、正面に福田寺第2駐車場がある。 手前左の道を入って行くと福田寺 へ行くが、この駐車場の向こう側の建物が寶珠寺。
一般の民家だと思っていたが、玄関には「寶珠寺」の表札が架かっている。
しかし、この寺院に関する情報は全く得られていない。

 6月24日
豊川市
御津町の 雲風亀吉(平井亀吉)の墓 の背後の生垣が除かれて綺麗になっていました。
「東海道にゃいい親分がいるぜ。 三州寺津の間之助、西尾の治助、宝飯郡の雲風亀吉、御油の源六なんてったらすごいからな〜・・・」 と唄われたご存知広沢虎蔵の浪曲。 
ここに出てくる平井亀吉(風雲亀吉)は文政11年(1829)旧小坂井町平井の生まれ。 
江戸大相撲の清見潟部屋で四股名を「雲風」といい、序二段十九枚目で相撲廃業後、東三河の博徒、平井一家の親分となる。
北越戦争に従軍後、士族に登用され、晩年下佐脇の地に住んで、明治26年(1893年)3月24日、66歳で没。  

無縁法界の墓 が平井共同墓地にあります。

清水次郎長一家に襲われた風雲亀吉(平井亀吉)と黒駒の勝蔵・・・・・、2人は子分が襲われている隙に逃げ切ったが、この時、亀吉の子分、種吉、勘重、松太郎と、勝蔵の子分、大岩、治郎吉が落命。 墓には、「無縁法界」の文字と、この5人の名前が彫られている。
無縁法界にしては立派な墓で、誰がこの墓を建てたのだろう?

 6月23日
新城市
能登瀬の 舟井戸と名号碑 を追加しました。

能登瀬消防詰所 の横にある広場から奥を眺めると、道路の端に石碑と説明板が見える。
網の横を潜って歩いて行くか、すぐ横にある能登瀬公民館の横の道を車で行くことができるが、名号碑の前の道に車を停めるのは難しい。
水は勢いよく流れ落ちているが、どこから湧き出ているのかは確認できない。

徳定寺 を追加しました。

曹洞宗の寺院。
お寺までの道の入口が判らず戸惑ったが、やっと辿り着くことができました。
西側から車で上がることは無理! 東側から入ると道路工事中だが、その手前に車を停めて、左に上がって行くと石段の下に着く。 工事中の為、車が通ることはなかったが、工事完了後はどうなるか分からない・・・・・

 6月22日
豊橋市
法華寺の木村庄之助(16代)碑 を追加しました。

門を入った左奥には、大相撲の立行司である第16代木村庄之助の碑がある。 
木村庄之助は、嘉永2年(1849年)豊橋市船町で生まれ、明治31年(1898年)1月に16代庄之助を襲名したが、明治45年(1912年1月6日肺炎のため死去、享年64。墓は東京都江東区の玉泉院にある。

栄町の 瑞光寺 を追加しました。

高野山真言宗の寺院で、山号は医王山。
市電の競輪場前電停から1本南の道に面しており、境内には修行大師や七福大黒天、馬頭観音、水子地蔵など、色々な石像が祀られている。

八所神社 内にある 御霊神社 を追加しました。

八所神社 の拝殿の左横に鎮座している。
大村校区内の日清、日露の戦争と大東亜戦争による戦没者の英霊と、松原用水の設立者8人の霊が祀られているという。

 6月21日
田原市
大草町の 大泉寺 を追加しました。

曹洞宗の寺院で、山号は龍王山。
本堂の横には和風庭園があり、初夏にはスイレンの花やハンゲショウ を鑑賞することができる。

石神町の 神照寺 を追加しました。

曹洞宗の寺院で、山号は石巌山。

 6月20日
設楽町
塩津天満宮 を追加しました。

塩津温泉郷諏訪神社 の前の道、町道28号塩津天神線を東に300m程進むと、塩津川の橋を渡って左手に鎮座している。
拝殿の扁額に「大自在天神」の文字があるということは、天満大自在天神が祀られているのだろうか?
残念ながら、この神社に関する情報は得られていない。

岩場に祀られている 役行者石像 を追加しました。

塩津温泉郷から清崎の街に向かう途中、牛ケ久保地区に入ると道路の右手に白い説明板が見える。 ここに車を停めて、木立の間から山の斜面をよ〜く見ると、細くて長〜い54段の石段が見える。 木を避けるように見る位置を変えながら上の方を見ると、設楽町で最も大きい行者様が祀られているのが確認できる。 石段を登ってみようとしたが、沢の所まで下りて向こう岸に渡る術が分からなかったので、断念!
車に乗ったまま見ようとしても難しいと思う・・・・・ この道は殆ど車は通らないので、降りて、ゆっくり探してみよう・・・・・

 6月19日
豊橋市
橋良神社のシャシャンボの花 ついに撮れました。

鳥居のすぐ右手に、幹周り 1.7m、樹高 約10m、推定樹齢 200年以上のシャシャンボの木があり、豊橋市内で最も大きく、 「とよはしの巨木・名木」100選(71) に選ばれている。 5月〜7月にかけて白色の壺状の花を房状に多数付けて、秋にはブルーベリーの様に黒く熟し、甘酸っぱい実を付けるという。

東脇の 法華寺 を追加しました。

法華宗陣門流の寺院で、山号は宝唱山。

 6月17日
豊川市
国府観音の人形供養 を追加しました。

国府観音 では毎月17日に人形供養が行われる。
供養は当日の9時から10時半まで受け付けられ、僅かな時間に、大勢の人が人形を持って集まってくる。 集められた人形は、雛人形とその他に別けて境内に並べられ、10時30分から 極楽寺 の住職により供養が始まる。

弘法山の行者様 を追加しました。

弘法山の入口、音羽川の橋を渡ってから山頂を目指さず、すぐに右折する。 そのまま進むと西部中学校に向かうが、右折してすぐに山の斜面がコンクリートで固められている。その中に、ポツン!と、一体の行者様が祀られている。
昔からここにあったものかどうか? 記憶は定かではない・・・・・

 6月16日
豊橋市
本乗寺 を追加しました。

本門佛立宗の寺院で、東田電停の東150m程、市電通りに面した所にある。

 6月15日
東栄町
世界野生動物館 を追加しました。

のき山学校 へ行く途中にある施設で、ネズミからクジラにいたるまで地球上に現存する全ての哺乳類4,000余種が網羅されているというが、事前に予約が必要ということで、今回は残念ながら見学することはできなかった。
のき山学校は水曜日・木曜日が定休日ということで、のき山文庫もお休み・・・・・ 「踏んだり蹴ったり」とはこのことか?

市原隧道 を追加しました。

昭和40年(1965年)1月に竣工された延長34mのトンネルだが、平成21年(2009年)10月7日に国道151号線三輪バイパスができ、市原トンネル が開通したことによって廃道となる。
今はトンネル内だけではなく、トンネルの横を通る歩道も通行禁止となっていて、トンネルの向こう側に行くこともできない!

 6月14日
新城市
出沢の鮎滝 駐車場横の池で、スイレンの花 が咲いています。

県道21号豊川新城線沿いにある 馬場美濃守信房の碑・馬場彦五郎勝行の墓 の後ろに、鮎滝 の駐車場がある。
この駐車場の入口の右手に小さな池があり、今、スイレンの花が楽しめる。
新城総合公園北口から東進してくると、チョッと気が付かないかも知れないが、三叉路を曲がってすぐ左手を見ると池が確認できる。

平井の 大光寺 を追加しました。

平井郵便局の東側、2軒目の建物だが、寺院のイメージが無いので全く気が付かず、近所の方に聞いて判ったが、よく見ると、電柱に「大光寺」の案内標識があった・・・・
しかし、平成30年5月31日をもって解散した後だった・・・・

 6月12日
設楽町
荒尾地区で マタタビ の葉が白くなっていました。

県道433号和市清崎線を和市から塩津温泉 に向かうと、宝泉寺 を過ぎて200m行った右手に、葉っぱが白くなったマタタビを見ることができる。
道路から少し高い所にあるので、葉を裏返して花を探すことはできなかった・・・・・

神田の 東泉寺 を追加しました。

臨済宗妙心寺派の寺院で、山号は明神山。
国道473号神田寺貝津から町道208号空線に入り、150m程進むと左手の奥に見える。

 6月11日
豊橋市
柱大池でスイレンの花 が咲いています。

初夏に柱七番町にある柱大池を訪れると、沢山のスイレンを見ることができる。
池の東側の道はメイン道路から外れているので、交通量も少なく、道路の端に車を寄せて駐車も可能。

吉田城 の石垣を築いた大名の刻印跡を探してきました。

一色城牧野古白(左衛門尉成時) が、一色城 に代わる新たな居城として永正2年(1505)築城、その当時は今橋城と呼ばれていた。
また、ギネス世界記録に認定されたアルミ缶で作った吉田城 があったが、今は解体されて跡形も無い・・・・

 6月10日
豊橋市
東七根の 東光寺 を追加しました。

臨済宗妙心寺派の寺院で、山号は医王山。

小松原町の 正法寺 を追加しました。

臨済宗妙心寺派の寺院。
東観音寺 のすぐ東側に隣接してあるが、門柱も山門のないので判り難い。

 6月 9日
田原市
芦ヶ池駐車場にアメリカデイゴ が咲いています。

芦ヶ池サンテロード の駐車場の周りにアメリカデイゴの木が植えられている。
初夏になると真っ赤な花を咲かせ、すぐ横の県道416号赤羽根野田線を走っていてもすぐに判る。
サンテパルクたはら の広場の一角にも アメリカデイゴ の木が植えられており、南アメリカ原産ということから、田原の気候にあっているのか・・

 6月 8日
豊川市
西豊町の 光明寺 の本堂が新しくなりました。

光明寺は浄土宗鎮西派の寺院で、山号は終南山、本尊は木造来迎阿弥陀如来立像。三河国司であった大江定基の孫、大江定厳が豊川の地頭となり、この地に館を構えたのが始まりといわれている。
慶長7年(1602)、刈谷藩主水野勝成の弟水野忠直(水野八十郎)が宝飯郡内で三千石を領して陣屋を構えた。現在は浄土宗終南山光明寺に変わり、墓地には水野八十郎の墓がある。


御山塚橋

馬頭観音
大木町に伝わる昔ばなし「御山塚橋と袖切地蔵」を追加しました。

大木町の帯川に御山塚橋が架かっている。 この橋の南西角に馬頭観音が祀られており、新しい奇麗な花が供えられている。
この馬頭観音は袖切馬頭観音と言われ、ここに架かる橋は袖切り橋という。 昔、この橋を通ったものがここで転ぶと、正体不明の何者かに着物の袖を切り取られたという昔話が伝わっている。  広報とよかわ 2013年11月1日号より ―

 6月 7日
新城市
旧田口線の 双瀬トンネル を追加しました。

副川地区の諏訪神社 のすぐ北にあるのが 宮裏トンネル で、南300m程の所にあるのがこの双瀬トンネル。 
どちら側の入口にもポータルが無く、味気ないが、北側から眺める斜めになった岩に掘られたトンネルと、左下に流れる海老川の景色は田口線のトンネルの中では最も絵になるトンネルだと思う。

中宇利の天神社 に伝わる新城昔ばなし 雨引き天神の面 を追加しました。

県道81号豊橋下吉田線中宇利地区に鎮座している。 祭神は菅原道真で、例祭日は2月25日。
雨引天神ともいい、昔から雨を降らしてくれる神様として信仰されている。

 6月 6日
蒲郡市
本町の 洞源院 を追加しました。

曹洞宗で、山号は全孝山。
秋葉神社 のすぐ北側にあり、東側に門柱があるが、山門は南側にある。

形原の 光明院 を追加しました。

浄土宗西山深草派で、山号は極楽山。

 6月 5日
豊橋市

夏の花

冬の実
長楽のクロガネモチ の花が咲き始めました。

幹周 3.11m、樹高 9.1m、枝張り 16.8m×16.5m、推定樹齢250年以上のクロガネモチ(モチノキ科モチノキ属)で、雌雄異株。 
初夏には小さな花を咲かせ、秋には真っ赤な小さい実をいっぱいつける。

石巻の 西河寺 を追加しました。

臨済宗妙心寺派の寺院で、東三河四郡弘法大師77番霊場
参道は車が通った跡が何とか残っているので、ここに道があるということが判る程度… と、言うことは無住のお寺か?

 6月 4日
新城市
一鍬田のクリの花 が満開(?)です。

一鍬田地区の国道301号一鍬田三月日交差点を東に進み、新城バラ園 の看板を過ぎて200m程行った所で左手を見ると、きれいに整地されたクリ畑が見える。
初夏には栗の花が満開(?)になり、手前の田植えが済んだばかりの田圃と、奥の山並みの構図が、この栗畑を引き立ててくれる。
すぐ横の道路は交通量も少なく、車を停めてゆっくり鑑賞できる。

桃牛寺に伝わる新城の昔ばなし「 桃牛寺の門」を追加しました。

曹洞宗 和秀山桃牛寺 は明治時代に造られたという赤煉瓦の塀で仕切られ、三河白寿観音13番霊場 になっている。
そして、道路からこの赤レンガ越しに墓地の中にある 「ヤドリギ」 が見える。
また、境内からはすぐ東側にある 永住寺門前のクロマツ を見ることもできる。

 6月 3日
田原市
池ノ原公園 を更新しました。

静かな公園内には、渡辺崋山が生まれ、12歳で志を立て報民倉を建て、江戸幕府による蛮社の獄までの説明碑から、崋山先生玉碎之趾の碑、不忠不幸渡辺登碑、幽居跡、華山の銅像などがある。 池ノ原幽居跡は、  1992年 6月25日 市指定史跡

真木重郎兵衛定前邸跡 を更新しました。

天保8年(1837)渡辺崋山 45歳の時、田原領内に飢饉が発生(天保の飢饉)、 田原藩の家老 渡辺崋山報民倉 を作ったが、実務担当は渡辺崋山の用人 真木重郎兵衛定前。 田原藩は一人の餓死者も出す事もなく、この飢饉を乗り切っている。
この真木重郎兵衛定前邸の跡が、崋山銅像 の西側道路沿いにあり、墓は霊巖寺 にある。

 6月 2日
豊川市
上宿神社と船山古墳 を更新しました。

平成29年6月から平成30年2月にかけて船山第1号墳盛土確認調査のため、現在は大きく削り取られている。

恵比須神社 を追加しました。

国府地区の新栄町に鎮座している神社。 
三角地の頂点に位置し、沢山の幟旗が建てられているのですぐに判るが、残念ながら、この神社に関する情報は得られていない。
昔は、この辺りには銭湯、パチンコ店、教会等があったという。

 6月 1日
新城市
桧峠に伝わる新城昔ばなし「 嫁久保」を追加しました。

県道81号(豊橋下吉田線)中宇利の信号から小畑地区に向かうと、左側に小畑公民館がある。その手前を左折して山を越えれば吉川地区に出るが、この小畑と吉川の境にあるのが桧峠。
峠の両側には黒光りした石が露出しているが、桧峠と彫られた石碑はこの石を利用しいてるのだろうか?    


海源寺

海源寺から見た四谷千枚田
四谷の 海源寺 を追加しました。

臨済宗方広寺派の寺院で、山号は城巌山、本尊は地蔵菩薩。
四谷千枚田の駐車場の所から更に上へ300m程登った所にあり、本堂の前から後ろを振り返ると、四谷千枚田が眼下に広がる絶好のロケーション。




since 1998年5月17日