甘利信康の碑・甘利信康の墓  新城市八束穂
甘利郷左衛門尉信康は、父が甘利虎泰であり、兄が甘利左衛門尉昌忠である。
長篠・設楽ヶ原の戦いでは左翼隊に属し徳川軍に対した。勝楽寺前 から竹広表へと奮戦して、中央隊とも力を合せて第3の柵をも破る勢いであったが、武田軍が総崩れになると、信康は天王山までじりじりと押し戻され、この辻辺りで立ったまま無念の切腹をしたという。
この碑から道路を挟んで向かい側が馬防柵 で、その手前が柳田前激戦地 となる。
設楽原古戦場いろはかるた 「 猛々しくも 立ち腹さばく 甘利信康 」

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甘利信康  甘利虎泰  甘利昌忠
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2010年8月12日 追加