● 悲運の人山吹姫の墓 前のページへ戻る   HOMEへ戻る

 日も西に傾きかけ、日暮れも近くなった頃、黄柳部落の道を、貴品のある旅姿の女性が、北へ向って急ぎ足で歩いていた。
 ところが、この女性が部落の中程まで来た時のこと、突然どこからか「ヒユー」と矢が飛んで来て、この女性に命中し、ついに命を絶ってしまった。
 この出来事を知った部落の人達は、
「おーい、旅の女の人が、弓で射たれてなくなったぞー」
と呼び合い、あちらの家からも、こちらの家からも出てきて、矢の当ったこの婦人を見て、村中が大騒ぎになった。
「いったいだれが射ったのかなあ」
「この女の人は、どこの人ずらなあ」
などと、この女性に同情しながら、いろいろ表情してみたが、わからないまま日が暮れてしまった。
 翌日になって、部落の人達は、この女性を気の毒に思い、みんなしてねんごろに葬ってやった。
 それからしばらくたってからのことであった。
「この間、弓で射たれて死んだ女の人は、源氏の大将木曽義仲の奥方だそうだ」
と言ううわさが流れだした。さらに
「夫の義仲が、源義経と戦って、近江の国粟津で戦死したので、奥方はひそかに、この三河の国を北へ抜けて、生れ故郷の信州へ逃げて行く途中だったんだそうだ」
とも言われだしたことから、この夫人に対し、一層同情と関心が高まってきた。
 またある村人は、
「あの夫人の名前は、山吹姫と言うのだそうだ」
「山吹姫を射ったのは、鎌倉方の追手の者だそうだ」
などと、うわさを聞いてきて話すのだった。
 村の人達は、こうしたうわさを聞き、山吹姫の哀れな最期に一層同情し、その埋葬地に椿の木を植え、線香やお花を捧げて、霊を心から慰めてあげた。
 その後、山吹姫の故郷の身内の人、信州諏訪の手塚氏が姫の哀れな最期の様子を聞いて残念に思い、一族を引き連れてこの黄柳にやって来て、姫の墳墓を守りながらこの付近を領有して治めるようになり、現在この地に住む手塚氏は、その子孫であると言っている。
 また山吹姫の墓に立っている椿の木は巨木になり、毎年きれいな花が咲き、たくさんの実がつくが、その実はけっして芽生えない。これは、山吹姫の悲しみがこの椿にのり移ったためだと伝えられている。

鳳来の伝説(鳳来町文化協会発行)より引用


山吹姫之墳

一つ前へ戻る        HOMEへ戻る