● 賢母の教え 前のページへ戻る   HOMEへ戻る

 海老の町の真中を流れている谷川に柳生橋が架っているが、この付近が、信州街道の宿場町として栄えた頃の中心地であった。
 昔、北設の津具村に、子どもを育てることに大層熱心な母親があった。この母親は「なんとかして、この子を立派な人間に育てたい」
と考えていた。
 しかし、わが子を立派な人物に育てるには、あまりにも家が貧しく、また山の中すぎて、世間が狭ますぎることを残念に思っていた。
「もっと広い世間へ出して、発奮させなくちゃあ」
と思い、いろいろと思案したあげく、
「お前が発奮するように、世間というものを見に行こう」
といって、子どもを連れて信州街道(伊那街道)を南へ下ってきた。そしてにぎやかな海老の町までやってきた。
 その頃、海老の町は信州街道の宿場町であると共に、この街道を上下する荷物の中継の町として繁昌していたので、その子どもは、あまりのにぎやかさにびっくりしてしまった。
 母親はやがて柳生橋のそばに立って
「お前にいつも話している世間というものがこれだよ。お前もどうか、この広い世間に出て役立つ立派な人になっておくれ」
と教え訓した。
 この子どもは、このにぎやかな広い世間と母の教えに発奮し、やがて立派な人物になって、母の期待にこたえたと伝えられている。

鳳来の伝説(鳳来町文化協会発行)より引用


柳生橋

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