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| 清水の次郎長 の子分であり、大政小政とともに活躍した森の石松 は、浜松の都鳥一家のだまし討ちにあい、文久2年 37歳で没。一緒にいた弟の庄治朗が石松の遺体を馬につけ、故郷の洞雲寺に運んで葬ったという。 森の石松の墓は、静岡県森町の大洞院 にあるものが有名だが、出身地である新城市に首だけ埋められたとも言われている。 洞雲寺の境内に入ると左手に墓所があり、2〜3回ここを訪ねて探すも見当たらない・・・ 実は、洞雲寺の前の道を右に進み、すぐの角を北上するともう一つの墓所があり、石松の墓はここにあった。 やっと見つけた〜!(2010.8.24) 近くには、森の石松が生まれたという生家跡 がある。
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