長篠城址史跡保存館     新城市長篠字市場22-1 場所はココ   東三河の資料館   長篠設楽ヶ原の戦い
長篠の戦い(1575年)の文献や遺品などを保存し、城跡や戦史研究を目的に昭和39年(1946)11月3日開館されたもの。
展示室には遺品・武器・文献など常時200点余りが展示してあり、2階回廊には周辺の史跡の位置を示す展望筒が備え付けてある。

向かって左手には、長篠城跡 があり、保存館の裏手すぐ下の谷には 不忍の滝 が、駐車場の保存館に近い一角には さかさ桑の木 がある。 
春には、保存館周辺は桜の花 に取り囲まれる。

長篠城  長篠の戦い  武田信玄  武田勝頼  奥平貞昌  鳥居強右衛門  関ケ原の戦い  小牧長久手の戦い 
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● 長篠の戦い
武田信玄 の後を継いだ勝頼は、天正3年(1575)5月、1万5千の軍を率いて長篠城 を囲んだ。城主奥平貞昌 は21才、500の城兵と共によくこれを防ぎ、鳥居強右衛門 の働きもあって、織田・徳川の援軍3万8千は設楽原に進撃し、連吾川に沿って陣地を築き、武田郡の進撃を待った。
日本最強を誇る武田軍の騎馬隊の壮絶な突入も、連合軍が放つ3千挺の鉄砲の前に敗れ、多数の名将勇士を失った。
この戦いによって武田氏は没落し織田・徳川の勢力は絶対的なものになった。まさに関ケ原小牧長久手の戦いと共に、日本史上重大な意味を持つ戦いであった。

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2011年1月24日 更新