内藤修理亮昌豊陣地・内藤修理亮昌豊之碑 新城市八束穂字天王
内藤昌豊 は武田24将の一人で、長篠の戦いでこの天王山に陣を張り、1,500の兵を率いて柳田前激戦地 で織田・徳川連合軍と激戦を繰り返す。
しかし、その後武田方は劣勢となり天王山の陣地に退き、武田勝頼の旗が退いていくのを見とどけた後、押し寄せてくる敵の攻撃を防ぐが、最後はここで戦死した。

この天王山陣地には、武田勝頼公指揮の地 の碑や、横田備中守綱松の墓 などもある。
 
設楽原古戦場いろはかるた  内藤の 陣地も墓も 天王山

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長篠の戦い  内藤昌豊  武田勝頼
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2010,09,12追加