野田城跡  新城市豊島字本城
永正5年(1508)菅沼新八郎定則が築城し、その後、子の定村、孫の定盈(さだみつ)3代の居城となる。
元亀4年(1573)1月、武田信玄は甲州の金掘人足を使って城の水源を断ち、城主 菅沼定盈は城を明け渡す。これが武田信玄最後の城攻めとなる。
信玄死後、再び徳川氏のものとなり、1574年三たび菅沼氏が城主となるが、天正18年(1590) 定盈が関東移封とともに廃城となる。

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本丸跡

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野田城  菅沼新八郎定則  武田信玄
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