大野田城趾  新城市野田字幹徳
築城年代は定かではないが、建武の新政の頃に富永氏の出城として築かれたことから始まるといわれている。
元亀2年(1571)、三河に侵略してきた武田信玄 は足助城を陥れた後、作手からこの城を攻め、野田城主でもあった菅沼定盈 は城に火を放ち、豊川を渡って西郷(豊橋市)へ逃れて落城。

昭和33年 4月 1日  市指定史跡

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大野田城跡の雑木林と中市場池

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菅沼定盈
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