真田源太左衛門尉信綱の墓・真田兵部丞昌輝の墓
新城市八束穂字上前田
禰津甚平是広、常田図書春清、鎌原筑前守之綱の墓
真田幸隆
(幸綱)の長男
真田信綱
と、二男
真田昌輝
兄弟は
真田幸村
の父
真田昌幸
の兄にあたる。
長篠設楽原の戦い
では、西の連吾川、東の五反田川に挟まれた丘陵地に
馬場信春
、
土屋昌続
らとともに右翼に構え、丸山砦の
佐久間信盛
との戦いで討死。
墓は一つの岩の右に真田源太左衛門尉信綱、左に真田兵部丞昌輝の名が彫られてあり、共に奮戦した禰津甚平是広、常田図書春清、鎌原筑前守之綱の墓も同じ場所にある。
設楽原古戦場いろはかるた
三子山に 真田兄弟の 墓ならぶ
その後、真田家の家督は三男の真田昌幸 が継ぐことになる。
禰津甚平是広の墓
常田図書春清の墓
鎌原筑前守之綱
真田幸隆
真田信綱
真田昌輝
真田幸村
真田昌幸
長篠設楽原の戦い
馬場信春
土屋昌続
佐久間信盛
2010.08.27追加