信玄塚・石造閻魔大王
新城市竹広字信玄原552
設楽原の戦い
で、主戦場となった竹広村の住民達は、戦いの後帰村し、知名武将をそれぞれの地に埋葬した。残った多くの屍体を丘陵の1カ所に運び、大きな穴を2つ掘り、そこに埋めて塚を築いた。
戦死者の多かった武田軍の武将を大塚に、戦死者の少なかった織田・徳川連合軍の武将を小塚に葬り、塚頂に印の松を植えて、大塚様、小塚様とあがめて弔った。これが現存する「信玄塚」。
また、大塚の右手にある石像閻魔大王は、昭和33年4月1日
市指定文化財
県指定無形民俗文化財
の
火おんどり
は、毎年 8月15日、ここで行われる。
設楽原歴史資料館
や
首洗池
はこの近くなので、ここまで来たらぜひ寄ってみよう!
大塚
小塚
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閻魔大王像
設楽原の戦い(長篠の戦い)
2010年11月8日 更新