● 川田の長者 東三河の伝説・昔話へ   前のページへ戻る   HOMEへ戻る

 武田信玄が野田城を攻めた時の話である。
 信玄が鉄砲でうたれ、甲州に引き上げる時のこと、一番後を守って本隊を退かせた侍大将は佐々蔵之助成政であった。 家来たちはほとんど討ち死にしてしまい、成政自身も傷つき、やりを杖にして、夜おそく民家をたずね水を求めたが、敵の大将を助け、かくまったことが知れると、一家皆殺しにされるのを恐れて、どこの家も戸を開けてくれなかった。
 ところが、ある家の若いお嬢さんが、かわいそうに思って、戸をあけて、中へ成政を入れ、家中の者まで傷の手当てをするやら、あらゆる手を尽くして、世話をした。
 しかし、そのかいもなく、成政は間もなくカつきて死んでしまったが、死の間ぎわに持っていた金をそっくりその家の人に渡し、死後のことをたのんだそうである。
 そのお金をもとに、多くの田畑を買うことができて、その家は川田一の長者になり、末長く栄えたという話である。
 実は、この話にはまゆつばなところもあって、次のようなことも伝えられている。
佐々成政は、この川田で亡くなったのではなく、傷の手当てを受け、いろいろ世話になったお礼に、なにがしかのお金と「佐々」の名を与えてこの地を去っていったということである。
 あるいは、この家は、代々、庄屋をつとめており、広い土地と多くの田畑を持っていたので、成政よりお金をもらったのではないのだということである。
 また、この佐々家には、不思議な悲しい話も残っている。
 この家の近くに昔、金の鞍が埋められていた。あるとき、何代目かの当主が、この金の鞍を掘り出した。 ところが、なぜかたたりがあって盲になってしまい、その上、その場所からほど近い崖から落ち、それがもとで死んでしまったということである。
 新城昔ばなし 365話(新城市教育委員会発行) より引用 


信玄が撃たれた場所

一つ前へ戻る        HOMEへ戻る