● 桃牛寺の門 前のページへ戻る   HOMEへ戻る

 的場の桃牛寺にある門は、長篠城にあった門(弾正門)を持ってきたものだと言われています。
 門の左側のとびらには、鉄ぽうのたまの跡が残っています。この鉄ほうの跡は、長篠の戦いの時、武田軍がうったたまの跡だそうです。
 とびらには、何本もの鉄がはめてあり、敵が押し寄せてきても、簡単には開けないようにできています。
 長篠の戦いがすむと、長篠城は廃城になり、新城に新しい城ができました。
それから四百余年がたっていますが、お城の建物のうちで残っているのは、この桃牛寺の門だけです。

 新城昔ばなし 365話(新城市教育委員会発行) より引用 


桃牛寺

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