臼子城跡  新城市豊栄字城山
永正2年(1505)、奥平氏の佐宗大膳重之が築城し、天文14年(1545) 新城古城菅沼定継 に攻め滅ばされる。
その後、奥平貞勝の嫡男貞能が菅沼氏の臼子城を攻めて城を取り戻し、先の城主佐宗勝重の子重昌を城代とした。
天正18年(1590)、奥平氏が徳川家康 に従って関東に下り、臼子城は廃城となる。

入口は地元の方に聞いてやっと分かった。他の史跡のように入口の所に標識があるとありがたい。 小高い丘を上り詰めた頂上のお墓の横に標柱があるが、ここの文字も殆ど判読不可能。お墓があるので途中の道はきれいに草が刈られていたが、お墓がなかったら、きっと、雑草木に埋もれていたかも・・・・・

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菅沼定継  徳川家康
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2010年11月4日 追加