増瑞寺屋敷(設楽氏居館)
(ぞうずいじ) 新城市富永字原ノ内
鎌倉期に設楽氏が設けた居館跡で、設楽氏発祥の地といわれている。
増瑞寺入り口手前の集会所前に「増端寺山門跡」の石碑があり、この道の突き当りが増瑞寺で、設楽氏の居館跡。
増瑞寺は、天正2年(1574)
野田城
主
菅沼定盈
(さだみつ) が創立し、
設楽ヶ原の戦い
後、新城城の
奥平信昌
が再建したもので、地蔵堂は信昌の妻
亀姫
〔家康の長女〕が深く信仰していたと云う。
菅沼定盈
奥平信昌
亀姫
長篠・設楽ヶ原の戦い
2010年8月11日 追加