● 婦人病をなおす烏丸様 前のページへ戻る   HOMEへ戻る   東三河の伝説・昔話へ 

 昔保美の里のある家に母と娘の2人が住んでいました。 娘は生まれながらに器量よしでありました。その娘が年頃になりました。あちらからもこちらからも是非お嫁に欲しいと申入れがありました。娘は「ハイ」と言いません。首を横に振るばかりか次第にふさぎ込んでしまいました。心配した母はある日ねんごろに尋ねました。すると娘は目をはらし、私は月の花が不順でその度に苦しい思いをして居ます。とうてい私は嫁にいける体ではありませんと、泣き伏せりました。母はやさしく肩に手をかけ、「心配することはない心をおちつけ神仏にお願いしてみよう。家の檀那寺の本尊さんは身分の高い烏丸さんの守り本尊だときいています。お願いすればきっときいて下さるに違いないから一緒にお参りしよう」と、連れ立って霊山寺へ行き、本尊さんの聖観音様にお願いし更に烏丸さまの御位牌やお墓にも一心にお参りいたしました。それから毎朝日課のようにつづけてお参りしました。
 一か月も知らぬ間に過ぎました。案じていた月の花は思いの外軽くすみました。喜んだ娘はお参りに一層真剣味が加わりました。女の命とさへ言はれる黒髪を切りとり真心を表わす意味で赤い布につつんで烏丸様のお位牌の前に供へお願いしました。おかげで次の月も亦その次の月も楽に月の花を迎えることが出来、朗らかさを取り戻した娘は良縁もあり目出度嫁いだそうです。この話を伝えきいて、烏丸様は女の病をなおして下さる神様だと言うようになり「お烏さま」と呼んで近郷近在から女の人のお参りが多く、烏丸様の御厨子の前に黒髪のお供が沢山見られるようになりました。こうした習わしは大正の頃まで続きましたが、何時とはなしに止まりました。烏丸様は女の神様とあがめられたので烏丸様自身が女性であると思う人も多かったようです。烏丸様は准大臣藤原資任卿と呼ばれる立派なお公卿様でした。
 渥美町の伝説(渥美町教育委員会発行) より引用 


霊山寺

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