別所城  北設楽郡東栄町本郷字宮平 場所はココ   東三河の歴史   東三河の城跡
天文年間(1532-55)、長篠城 の菅沼元貞(元直)の臣・伊藤左京亮貞久が築城した。その子・貞次は天正3年(1575)長篠の戦いの時武田方につき、甲斐に逃げたため廃城となった(間黒の庄(現在の豊根村)に隠棲した云う説もある)。 
居館跡の東栄中学校とその横のテニスコートの間を進んだ右手にあるが、ここは小高い山の上。 学校に通う中学生は毎日この山道を通うのか?・・・・
         
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東栄中学とテニスコートの間を進む
長篠の戦い
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2010年6月2日 追加