● ゴインさまの魚つり 前のページへ戻る   HOMEへ戻る 

 初秋のある晴れた日だった。
 茂十と娘のおカネは、加賀野平の田んぼの畦草を刈っていた。夏の間すくすくと伸びた青い稲田の上を涼風がわたって、いかにも気持ちがよかった。
「おい、おカネや、今年しゃあ世がいいぞ。水かげんがよかったで田も豊作だ。正月にゃあ餅もたんと食えらあ」
「じっさま、うれしいのう。孫んたちも喜ぶぞえ」
2人は、こんな話をしながらていねいに畦草を刈り進んだ。しばらくして2人は、草の上に腰を下ろして一服することにした。茂十は煙草に火をつけてうまそうに吸った。お茶のやかんを持ったおカネが急に、
「じっさま、じっさま、今、明神(山)の方でチカ、チカ光って見えたぞえ」
と、すこし声高で叫ぶように言った。
「なんだ、チカ、チカだって」
「ああ、あっちの明神(山)の方だ」
と手を上げて山の方を指した。加賀野平からは、明神山が真正面に高く、よく見える。
「おう、今日はよう晴れて、浮んだ雲がとてもけっこいじゃあないか」
と茂十は腰を伸ばした。
「あれッ、チカ、チカだ。 ―― ほんに、チカ、チカだ。ありゃあ天狗さまの火かも知れん。 ―― うん、そうだ。たしかに天狗さまの火だ」
とじっさまは驚いたように言う。
「ほう、ほんにかえ。天狗さまの火かえ。この真昼間にのう。  ―― おっかないこった」
2人は、しばらくじっと見ていたがその後、そのチカ、チカはなかった。
 数日後、茂十は、川向うの柿野へ用足しに出かけて行った。
「おい、おるかえ、今朝兄い。今日は馬んことで、ちょっくら頼みたいと思ってのう」
「おう、まあ上れ。お茶でも飲めや」
「ああ、そんじゃあ。時にのう、この間明神(山)の方でチカ、チカ光る帯のようなものを見たぞえ」
と茂十は上りながら言うと
「おう、そりゃあゴインさまの火だ。  ―― 昼間か」
「ああそうだ。俺もそうじゃあないかと思って、とてもおそがかったぞえ」
「うん、きっとゴイン(天狗)さまの火だ。ゴインさまが明神から、青淵へ魚をつりに来られるそうだ」
「何でも、ゴインさまがお通りになる時にゃ、夜昼かまわずあかりが帯のようにともるそうだ。  ―― 俺も前に見たことがある。チカ、チカしたやつが、ずうっと長くつづいてみごとなもんだ」
「ゴインさまは、青淵で魚あ釣って、眼だけ食べてあとはずっと下の方の淵へ逃がすそうだ。 ―― それで、みんなが釣る魚は眼がないとよ」
「ほほう」
「その青淵の下に釜淵があるらあ、その下がつつき淵で  ―― なんでも青淵がゴインさまの釣場だそうだ」
「ほほう  ―― ほんにかえ」
「釜淵にゃ魚はおらんちゅうことだ。何でも大梯子が沈んでしまうほどの深さで、底に丸い石があるっちゅうことだ。泳いだり、汚いたりなんかすると罰があたるちゅうぞえ」
「ほう」
「その下のつつき淵は、日でりの時にゃあ、かいだいて、せごりをして祭るとゴインさまが、きっと雨を降らして下さるそうだ」
「ほほう。  ―― そうかえ」
 茂十は、今朝兄の話を聞いて、そのまま、まともには家へ帰れなかった。用足しのことも忘れ、先林で一ぱいやり夕方になってやっと家にたどりついたという。

東栄の民話(東栄町教育委員会発行)より引用


釜淵

一つ前へ戻る           HOMEへ戻る