● 大西の馬頭観音 前のページへ戻る   HOMEへ戻る

 昔、大西の里に、たいへん働き者の馬方が住んでいた。
「今日もご苦労だったなあ。 帰りの荷がなくてよかったよ」
 重い荷物を隣村まで届け、ほっとした馬方は、空になった馬の背中を優しくなでた。 村から里まで急な坂道を通り抜け、昼でも暗い杉木立を通り過ぎると、後は一本道だ。
「おお、おてんとさまが隠れそうだぞ。 急がんと日が暮れる」
 馬方は、赤く染まってきた西の空を眺めながら、馬の前をテクテクと歩き続けた。 汗びっしょりの顔を拭いもせず、ただ早く帰りたい一心だった。 時折り、冷たい風が背中のあたりをかけ抜けていく。 
 (あれ?何かおかしいぞ。わしと馬しかおらんはずなのに、何かいるぞ)
前になったり後ろになったり、たしかに何かがいるのだ。 (もしや、オオカミ・・)ぞくっとした馬方の手にぐっと力が入った。
「おおーい、そこの狼よ。 姿を見せな。 わしの家までついてこい。 お前の大好きな塩をやるぞ」
 恐ろしさに震え、しぼりだすような馬方の声は、切れ切れになって、風に散っていった。 
 でも、何かがひたひたとついてくるような気配は、やむことがなかった。 馬方は、息を殺し、恐ろしさに震える足をただ前に前にと運び続けた。 ようやく、家にたどり着いた時は、真夜中を過ぎていた。 家の中に一歩入った馬方は、何より先に井戸の水を汲んだ。
「おお、よしよし、これで安心だ。 いっぱい呑めよ」
 馬がかいばを食べ始めたのを確かめると、疲れ果てた馬方は、そのまま土間にごろんと転がり、眠ってしまった。 
 朝になった。 鶏の声といっしょに起きた馬方は、首をかしげた。 自分が餌を作り出すと、必ず聞こえてくる朝の一声、「ヒヒーン」が聞こえない。 急いで桶をさげ馬小屋に走った。
(これは、どうしたことだ?)
 馬は、影も形もない。 慌ててそこらを探し回ったが、どこにもいない。 声もかれはて、井戸端に倒れ込んだ馬方の目に飛び込んできたのは、馬の片足だった。 やっと、狼に喰われてしまったことが分かった。
「何とかわいそうなことよ。 わしが悪かった。 わしが約束を破ったばっかりに、とりかえしのつかんことをしてしまった」
 馬方は、憐れな馬の霊を慰めようと、馬頭観音を作り、お祀りするようになった。 今も、小さな観音さまは、大西の公民館脇の小さな祠(ほこら)の中から、働く人々を見守っている。

 豊橋の民話「片身のスズキ」(豊橋市図書館発行) より引用 


大西の馬頭観音

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