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 小坂井の龍徳院の松林の中には、土手と堀らしいものがあります。人々は、ここを糟塚砦と呼んでいます。どうしてここに砦が築かれたのかといいますと、「武徳編年集成」という書に、「永禄5年(1562)6月、家康が牛久保城に対するために兵を置く。」とか、「永禄6年3月、家康が牛久保に向いて砦を築き敵をおさえる。」と書かれています。
 また、「総風土記」という書にも、「牛久保の今川氏真と戦ったり、吉田の兵と小坂井で戦う。」ということが書かれています。
 こうしたことから考えますと、徳川家康が、牛久保城や吉田城に対するために築いた砦であったといえます。
 この砦が置かれた年代は明らかではありませんが、天正14年(1586)12月、川出宮内大輔良政という人が、この砦の跡に龍徳院を開基していることから考えますと、永禄から天正の頃で、家康が吉田城の攻略が一段落してから砦を撤退したものと思われます。現在の龍徳院の境内は全部砦の跡であると言われています。
 
「小坂井のむかし話」(小坂井町教育委員会発行)より引用


龍徳院

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