●  浅瀬をつくった娘 前のページへ戻る   HOMEへ戻る

 むかし、わしゃがの方の村に、鵜飼嶋っていうとこがあってのん、そこに気だてのいい1人のきりょうよしの娘がおった。
 そこの村の鵜を飼っとる、身上のいい家に、小さいときから召使いとして働いておった娘だが、年ごろになると、村のものたちがびっくりするほどの、きりょうよしの娘になった。
 それで、村の若者たちは、なんとか嫁にしたいもんだと、やっきになっておった。
 ところがのん、どうしたものだか、急に娘はだまりこくっちまって、なんにもものを言わんようになっちまった。
 村の若者たちは、
 「さては、恋わずらいだらかのん」
って言いあったが、別にそれらしい男も見つからん。
 そのうちに、娘は、毎朝豊川へ行くってうわさが広まった。
 それで、ものずきな若者たちが、ある朝、娘のあとをつけてった。
 そんなこととは知らん娘は、てくてく豊川の堤までやってくと、はだしになって河原へおりてった。
 < さては、豊川の雪解け水で、けしょうでもするだかのん?>、若者たちは、そんなことを思って心をはずませておると、川向こうのやぶのかげから、1人の若者がとび出して来た。
 見かけてる村のものじゃない。 <だれだいのん、ありやあ?>、若者たちは、じっと息を殺して見ておった。
 するとのん、その男を見つけた娘は、ころげるように川っぶちまでとんでくとのん、
 「あいたかったにい!」 
って、そりゃ悲痛な声で叫ぶと、その場に泣きくずれちまった。 男も、川っぶちまでかけ寄ったが、深くよどんでる豊川の渕じゃどうすることもできん。 立ちすくんじまったまま手をふるばかりだ。
 村の若者たち、もうなんにも言えんと、やぶの中にかくれて見とった。
 男は、川向こうの村の大家で働いとる作男だった。
 いつからだかはわからんが、ふたりは、もうどうしようもないほど、好きあってしまっておった。
 だけどのん、会いたくても、豊川の深い渕がじゃまをして、川をはさんでしか会うことができなんだ。
 それでのん、ふたりは、せめて顔だけでも、声だけでもって、毎朝、家を抜け出して会いに来とっただ。
 さあ、若者たちの知らせで、ふたりのことは、ぱぁっと村じゅうに広まっちまった。
 もう娘は、はずかしくてはずかしくて、村の中を歩くことも、できんようになっちまった。
 <すきな人ともいっしょにゃなれんし、いっそ、死んじまったほうが……>、娘は、すっかり思いつめちまってのん、豊川の渕へ身を投げようってした。
 ところがのん、たもとの中へ河原の石っころをつめとるうちに、<渕さえうずめや、すきな人のとこへ行けるだ……>って思った。
 さあ、それからってものは、昼の仕事が終わると、豊川へ走って来ては石っころを渕の中へ投げこんだ。 朝は朝で、走って来ては投げこんだ。川向こうの男も、おんなじように投げこんだ。
 毎日毎日、川の両っぷちからほうかり投げる石っころは、少しずつ少しずつ渕をうずめてった。
 初めのうちは、ふたりのやることを、おもしろがって見とった村のものたちも、あまりなふたりの真剣さに心をうたれちまって、川っぷちを通るたびに、石っころを投げこんでくれるようになった。
 そしてのん、いつの問にやら10年が過ぎた。 底も知れんような、深い深い豊川の渕だったが、とうとう渡ってける浅瀬になっちまった。
 ふたりは、浅瀬のまん中で、だきあって泣いた。 長い長い思いが、やっとかなえられたふたりだ。 こんなにうれしかったことだろうて。
見とった両方の村のものたちも、まるで自分のことのように、涙をこぼしてよろこんだ。
 この浅瀬は、わくぐり様の鳥居に近いとこにあるで、「鳥居松の瀕」ってよばれ、今でも残っておってのん、豊川へ鮎つりにくるものたちの、いいつり場になってるだ。

三河の民話(未来社発行)より引用 


鳥居松の瀬

一つ前へ戻る           HOMEへ戻る