男の子を授けてくれた地蔵さん 前のページへ戻る   HOMEへ戻る 

 養父の市場という村に、今は無住になっている宝寿庵というお寺があります。その寺の入口の左側に、石でできたお地蔵さんが安置されています。今からこのお地蔵さんにまつわるお話をいたしましょう。
 昔、宝寿庵の壇徒は18軒ほどありました。毎年、毎年この村には、2~3人の子どもが生まれるのですが、ここ数年、男の子が1人もできません。そこで壇徒のお年寄りたちは、寺に集まっていろいろ相談しました。住職にも何度もお経を上げていただきました。それでも、どうしても男の子が生まれて来ません。信心深いお年寄りたちは、
「俺たちの信仰が足らないのじゃないか。」
と言う人が出てきました。
 ときは8月のはじめ。お年寄りたちは毎夜、毎夜、お寺に集まってお経を上げました。8月といえば一年でも一番暑い月です。風はない、ヤブ蚊がからだ中を襲ってくる。さすがのお年寄りたちも、1人減り、2人減って、10日目頃には始めの半分の人数になってしまいました。
「途中で止めたところでどうにもならん。はじめた以上続けようじゃないか。」
と.いうおばあさんの一言で、数人の大たちは一心にお経をあげました。それでも苦しいことは誰もいやです。20日目頃になると、80才を過ぎたおばあさん1人だけになってしまいました。そのおばあさんは、
「わしひとりでお経をあげるだ。そのうちにお告げがあるだ。」
 暑さとヤブ蚊に苦しみながら、お経をあげていました。夜も次第に更けてきました。さすがのおばあさんも一日の疲れには勝てません。眠気がさしてきました。うとうとしたその時です。
「お前さんは、こんなところで何をしているのだ。」
 「はい、はい。」
「はいではわからん。望みのものがあるなら言ってみよ。かなえさせてやるから。」
と、おばあさんの目の前にお地蔵様の立っている姿が現れました。
「はい。実は、わしたちの村には来る年も来る年も男の子が生まれません。女の子も可愛いものですが、男の子もみんな望んでいますだい。」
と言いました。
「何、男の子が生まれない? そんなことは簡単なことだ。」
「えっ、簡単なことですか? 男の子をつくるのに。」
「そうだ。簡単なことだよ。」
「それはどうしたらよいのでしょうか。」
「わしはいま竹やぶの中にいる。この寺の裏に堤があるだろう。」
「はい、堤防があります。」
「その堤防の内側に竹やぶが川に沿って長く続いているのを知っているか。」
「はい、知っています。」
「その竹やぶの根元にわたしが埋められている。」
「そ、そんなもったいないこと。」
「その土の中に埋められているわしを掘り出して祀っておくれ。そうすれば、男の子を授けてあげよう。」
と言ったかと思うと、そのお地蔵様はおばあさんの目の前から消えてどこかにいってしまいました。あくる日、おばあさんは村の人たちみんなにこの事を話しました。村中総出でくわや鎌やびっちゅうを持って、昨夜のお告げのあった堤の下の竹やぶの近くを掘り起こしました。
 ところが、8月末とはいえ、残暑は厳しく、1人減り2人減って、3日目には数人しか居なくなってしまいました。それでも、5~6人のお年寄り衆は汗と土にまみれて竹の根を掘り起こしたり、河原のようになっているところに大きな石がごろごろしていましたが、ひとつひとつそれらをのけていました。その時です。
「あっ、これは何だ。」
 ひげもじゃもじゃのおじいさんが叫びました。
「これは何だ。」
と、また大きな声で言いました。5~6人の人たちがその声にびっくりして駆け寄って来ました。みんな力を合わせてさの石のかたまりを掘ってみると、出てきたのはお地蔵様ではありませんか。土を落とし、水を流してたわしでゴシゴシ洗っていると、ピカピカ光っているではありませんか。
「わあ、すごい。早くお寺に持っていってお祀りをしようじゃないか。」
と、1人のおじいさんが言いました。5~6人で大八車に乗せようとしましたが、重くて動きません。そこで、近所の力持ちの人を呼んで来て、卓に乗せていまの宝寿庵の入口に持って来ました。
 立派な家を建て、お地蔵様の見つかった8月の24日をお地蔵様の命日として毎年毎年お祭りをして現在まで続けています。
 いまでは壇徒には男の子もどんどん生まれ、8月の24日には和尚さまのお経がすむとダンゴやお菓子が子どもたちやお参りした人たちに配られています。

ふるさとの伝説 昔のはなし(宝飯郡一宮町発行)より引用


宝寿寺の石仏

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