東上の牛観音さま 前のページへ戻る   HOMEへ戻る 

東上の妙劉寺墓地の入口に、馬頭観音さま23体、そして牛観音さまと言われている仏様が1体、合計24体が祀られています。もとはあちこちに祀られていたのを、ここにまとめて祀るようにしたのです。
 馬頭観音さまというのは、見ればわかるように普通の観音さまと違って、頭の上に馬の頭を戴いている観音さまです。
 昔、馬や牛は百姓の毎日の暮らしの中で、大きな役割を果たしておりました。田んぼの打ち起こしや重い荷物を運ぶなど、丁度今の耕運機やトラクターなどに匹敵するありがたい動物だったのです。だから馬小屋、牛小屋に大事に飼われていました。今はあまり見かけませんが、主殿釜屋造りの家(これは一宮町の歴史民俗資料館にその一部が復元されて様子をうかがうことができます。)では、主殿と言われる母屋の方に人が住み、土間の向こうの釜屋の方に馬や牛が飼われ、同じ屋根の下に大事にされていたのであります。
 馬を連れて柴草刈りや薪取りなど山仕事に出かけ、たまたま山道で怪我をして、それがもとで死んだ時には、手厚く葬って、そこに馬頭観音を建てて供養したのであります。この馬頭観音は畜生道の苦難を救ってくれるありがたい仏様だったからです。千両や足山田では道端や山道、峠などに昔の人が建てたままの馬頭観音を見ることが出来ます。
 さて、こんどは牛観音さまの話に入りましょう。
 牛観音と言えば、馬頭観音と同じように観音さまの頭の上に、馬の頭ではなくて、牛の頭を戴いていると思うでしょう。千両には、それが2体ほど祀られていますが、東上妙劉寺墓地にある牛観音さまは、さにあらずです。この辺ではあまり見かけない珍しい牛観音さまです。
 東上の牛観音さまは、なんとまあ普通の墓石に牛の頭の天の王という四文字の牛頭(ごず)天王という仏様の名が刻まれている牛観音さまです。
 牛頭天王という仏様は、江戸時代には村人になじみ深い名前になっていた、素盞嗚命さまを祀っていた氏神さまで牛頭天王社、天王社、天王さまと呼んでいました。
 素盞嗚命さまは、実はインドの牛頭天王という仏様が姿を変えて日本に現れたのであるという本地垂迹(ほんじすいじゃく)の説が、江戸時代の仏教普及浸透の中で、改めてそれを信ずるようになりました。
 牛頭天王社、天王杜、天王さまは明治になって神仏分離令の公布により、また、もとの氏神様の名前、つまり素盞嗚神社の名前に戻ったのであります。
 ところで東上では、どうして牛観音さまを祀るのに、牛頭天王の四文字を刻んだ供養の墓石を建てたのでしょうか。それは、前にお話したように、江戸時代には牛頭天王の四文字の仏様のことが村人たちの頭にあったので、牛観音像をつくるよりも牛の頭と書く牛頭天王と墓石に刻んで拝むほうが牛の供養になると思ったからだと思います。いったい、この東上妙劉寺の牛頭天王という牛観音様は、どこにあったのでしょうか。
 この牛頭天王の牛観音さまは、東上御番所の東、東上宿の南の豊川べりの川原山、通称牛がんのうという所にありました。私たち子どもの頃には、牛がんのうで泳ぐかと言ってよく遊んだ所ですが、牛がんのうの地名については全く無関心でした。それから、次第にあの川原山には牛が葬られた所で、牛観音が祀られている所だということが判ってきました。牛がんのうと言うのは、その牛観音が祀ってある所、それが訛って牛がんのうと言うようになったのであります。
 が、この牛がんのうのどこに牛観音が、どんなお姿で祀られているのか、あの辺だと言われていましたが、さっぱり見当たりませんでした。それはもそのはずです。その牛観音さまは、豊川の洪水のたびに土砂で埋まってしまい、姿も形も見えなくなっていたからです。
 たまたま豊川の新堤防が出来ることになりまして、川原山の牛がんのうも河川敷となってしまうと言うことで、古老や関係者の方たちが丁寧に掘り出しました。やっと日の目に出たわけです。
 この牛観音さまは、先程申し上げたように牛観音の仏像ではなく、牛の頭の天の王、つまり牛頭天王と墓石に刻まれている牛観音さまでした。
 これが今、東上の妙劉寺墓地入口に馬頭観音さまと並んで祀られている珍しい牛観音さまです。掘り出して祀ったときには、牛頭天王の四文字がはっきりと見えたといいますが、今は風化して表面が次第にはがれて、一番下の王の字しか読み取ることが出きません。こういうふうだと、そのうちに王の字もはがれて、江戸時代に作られたいわれのある牛観音さまということも、全く判らなくなってしまう時がくるかも知れません。
今も妙劉寺墓地に行きますと、馬頭観音さま、あの牛観音さまの前には、いつも新しいお花が手向けられています。昔の人たちの心情に感じて、ここにお参りしている村人たちの、心の温かさが感じられるのであります。

ふるさとの伝説 昔のはなし(宝飯郡一宮町発行)より引用


妙劉寺

牛観音

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