● 養命寺の石薬師 前のページへ戻る   HOMEへ戻る

 時代はつまびらかではないが篠田に昔、苗氏帯刃を許されていた名主で、中島次郎左ェ門という人が或夜夢をみた。
 吾れは遠州新居宿の石薬師なるべし、即刻吾れをともない、篠田の里に吾れをまつるべし、さすれば眼病にてなやむ衆生を救いえさすべし、夢々うたごうべからず。 と、名主次郎左ェ門は同じ夢を3ばん続けて見たとのことである。
 其の頃、篠田の村を始め隣村でも眼病が大流行していたので、「これはお薬師さまのお告げならん。」 と、名主次郎左ェ門は下男2人を供に連れて早速遠州新居宿へたった。
 新居宿で捜し求めたところ見つからず、尋ねあぐねた末、宿場の町はずれの小薮の中の草に埋れている、夢に見た石薬師を見つけ出すことが出来た。      1本の供け花もなく、誰れにお参りされることもなく、誠にお気毒なほこりにまみれたお影であった。
 お薬師さまは、石のからうとの中におまつりしてあったので、そのからうとを下男に背負わせて、篠田の村へ帰って来た。
 そして村の上手の上屋敷と言う処の小薮の中へおまつりしたのでした。
 日ならずして、村は申すに及ばす近隣の村々の眼をわずらう人達で、大にぎわい呈したと言うことである。
 そしてお願果たしには、半紙に『め』の字を自分の歳の数だけ書いて、それをお供えしてお願果しとしたのである。
 その後お堂も建てられ、時は幾星霜を経て、おまつりに都合のよいようにと思ってか、養命寺の境内に移されて現在に至っている。
一宮町むかしばなし(一宮町若辺大学発行) より 


養命寺

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