[ 三河国分尼寺跡 ]


三河国分尼寺は、天平13年(741年)の聖武天皇詔勅によって、国分寺とあわせて建てられたもの。
現在の寺は曹洞宗祗園山清光寺といい、西明寺六世伝芝和尚によって文禄4年(1595年) に三河国分尼寺跡地に建てられたもの。
三河国分尼寺跡は、三河国分寺跡と共に大正11年(1922年)
国の史跡に指定され、現在発見されている国分尼寺の中では最大のもの。
伽藍配置では南大門・中門・金堂・講堂が南北一直線に配置され、中門から左右にのびた回廊は金堂を包んで講堂につながっており、さらに南大門からのびた土塁は、尼寺の寺域を正方形に区切っている。
金堂の基壇は、黄金分割になっており、間口と奥行きの比は1.6対1の割合であり、金堂の間口120尺(約36m)奥行き70尺(21m)。また、間口の柱間は87尺で全国の尼寺の中でも最大規模で奈良の唐招提寺の金堂と同じ大きさとも言われている。

聖武天皇 在位期間:724年2月4日〜749年7月2日。 仏教心の厚い天皇で、諸国に国分寺・国分尼寺の造営の詔を発し、749年、東大寺の大仏の建立を命じた。
東大寺では、5月2日、聖武天皇祭(聖武天皇慶讃法要・山陵祭)が行われる。 
詔勅(しょうちょく) 天皇が発する公式文書の総称。
唐招提寺
(とうしょうだいじ)
律宗総本山。世界遺産・古都奈良の文化財
聖武天皇の招きで日本にやってきた唐僧鑑真和上によって、天平宝字3年(759年)に創建された我国最初の戒律の道場。
金堂は「天平の甍」といわれる奈良時代を代表 する建築の一つで
国宝

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