
三河国分寺跡 国指定史跡 |

小規模になった現在の曹洞宗国府山国分寺 |

無名の梵鐘は、国の重要文化財 |

三河国分寺塔跡 |

全体図 |

この鐘は、三河国分寺創建当時のもので、全国的にも珍らしく貴重な名鐘。源平兵乱の頃、武蔵坊弁慶が陣鐘にしたために、乳が欠けたという話が語り伝えられている。 |
国分寺は、奈良時代中頃、天平13年(741年)、第45代聖武天皇の詔をうけて全国に建立された寺で、僧20人を置くことが定められていた。
三河国においては国府(こくふ)に近いこの八幡台地上に国分寺の七堂伽藍が築かれ、学問修業とともに国家鎮護の祈願が行われた。
寺域は約180メートル四方。南大門、中門、金堂、講堂を一直線に並べ、鐘楼、七重塔などを左右に配した大伽藍で、国の保護のもとに栄えたが平安時代末には大方が荒廃。
現在の国分寺は、永正3年(1506年)3月、西明寺二世機外和尚がこれを再興して末寺とし、現在の曹洞宗国府山国分寺となる。木像薬師如来坐像は、県指定文化財。
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