[ 大 池 ]



大池

鈴木八右衛門墓碑

妙覚寺の石像
1,600年代、農業用水の大切さを実感した三河代官鈴木八右衛門は、約7,000坪もの広大な大池をつくる。
これにより、この地の農業が大いに潤ったという。
大池の東端には、鈴木八右衛門の墓碑がある。

大池の西端には、弘法大師を祀った妙覚寺があり、大池に面する木立の中には、四国霊場をコンパクトに納めた石像が並んでいる。


鈴木八右衛門 慶長11年(1606年)、尾張国から水野弾正忠分長が新城へ移封され1万2千石を領し、分長,元綱の父子2代が新城城主となる。 水野元綱の国替え後,再び天領となり, 鈴木八右衛門隆政・重政親子が天和2年(1682年)まで牛久保に陣を構え、三河代官として当地を支配。
この頃、寛永17年(1640年)に春日局が鳳来寺へ仏参している。
寛文6年(1666年)の三州寶飯郡平尾村(現平尾町)の新畑帳に鈴木八右衛門の名がある。

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