| [ 西明寺 ] |
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| 一条天皇 | 在位期間: 986年6月23日〜1011年6月13日 |
| 大江定基 (おおえさだもと) |
大江定基が三河守の任にある時、赤坂宿の長者の娘 力寿と恋仲になるが、国司としての任期が終わって都へ帰る日が近づくと、力寿は定基との別れのことを悲しみ自害してしまう。深い悲しみの中で定基は冷たくなった力寿を7日間抱いて過ごすが力寿は腐乱し悪臭を放つようになった。これにより定基は、人生の無常を悟り自ら寂昭と名乗り僧として力寿供養に奉げる。菩提を弔うために建てられた寺、長福寺は、音羽町にあり、山中には姫の墓もある。 また、財賀町の入り口には、「力寿の桜」と名づけられた桜の古木があり、根元には「力寿碑」が建てられている。 |
| 愛染明王 |
男女和合 恋愛成就 夫婦和合 良縁成就のご本尊。愛染明王はインドではラ−ガといい、赤色とか愛情を意味する言葉から通常身体が赤い色に塗られている。また、太陽に縁が深く、で日輪のなかに坐っていて、手は全部で6本ある。 |
| ベルツ博士 | ドイツ人医師で、明治9年に政府の招きで来日。 東大医学部の前身である東京医学校で長年にわたり教鞭をとり、日本医学に多大な貢献をした人。 博士はハナ夫人を伴い帰国し、大正2年(1913)64歳で他界。 草津温泉の入浴法を世界に紹介したことによって、草津温泉には、ベルツ博士の功績を称えた「ベルツ記念館」がある。 |
| ハナ夫人 | ベルツ博士の夫人、御油の旧家の荒井花子といい、内助の功が大きかったという。
ベルツ博士の死後、ハナ夫人は、単身日本に帰り、博士の冥福を祈るため昭和5年(1930)この寺に供養塔を建てた。傍らには、秋桜子の句碑がある。 荒井花子の実家跡は、現在でも御油町に残っている。 |
| ベルツ水 | ベルツ博士が箱根の富士屋ホテルに投宿中の1892年(明治25年)1月、女中さんの手の荒れているのを見て処方し、現在でも、肌荒れ・美肌効果の薬として使われている。 |
| モッコク(木斛) ツバキ科 |
高さ15mになる常緑の中高木で庭木としてよく植えられ、モチノキ、モクセイと共に庭の三名木と言われている。 6〜7月に花を下向けにつけ、秋には褐色のサクランボくらいの大きさの実をつける。冬にはじけて中からに赤い種子が出る。 |
| 昭和45年(1970年) | 早川電機工業株式会社が「シャープ株式会社」に社名を変更。 国産初の人工衛星「おおすみ」の打ち上げに成功。 |