[ 白鳥総社(三河総社) ]



入口には、「懸社 総社」の石柱が・・・

前景

本殿
三河総社の創設は明らかではないが、延基4年(904年)、第60代醍醐天皇によって創建されたものといわれている。
国司が任国につくとまず一宮(三河の場合は一の宮砥鹿神社)に参拝し、次いで、二の宮である知立神社(池鯉鮒大明神)はじめ、順次、国内神明帳所載の各社に参拝する。
交通機関の不備な当時においては、そうとう難事がともなったので国衙所在の宝飯郡を除いた他の各社を1ヶ所に勧請奉祀したのが三河総社。
現在の棟札で最も古いのは栄和4年(1378年)というものがあり、境内からは奈良時代の古瓦が発見されている。

醍醐天皇 在位期間:897年7月3日〜930年9月22日。
国司 律令制のもと,諸国を治めるために設置された役人で、任期は4〜6年、都から派遣された。しかし、鎌倉時代に守護がおかれて国司の力が弱まって,室町時代には名ばかりのものとなる。
国衙(こくが) 平安中期以降,私領である荘園に対して国領土地を国衙領という。
棟札 棟札は建物の棟上の際に、建造の年月日や施主・大工などを記して後日に伝えるために作成され、天井の棟木などに打ち付けられた板札のこと。
棟札は、古文書のみでは語りきれなかった地域の歴史や、建立に関わった人々の信仰の様相までも読み取ることができる。

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