[ 国府の街並み ]


明治初期の国府消防組。
大社神社鳥居前にて。
(中日新聞社発行 [写真集 愛知百年]より)

昭和初期の頃の町並み(旧東海道)。
このころの交通手段は馬車(赤丸印)。
(中日新聞社発行 [写真集 愛知百年]より)

明治時代になり、最後の庄屋となる。
名字(渡辺孫次郎)帯刀を許される。
(中日新聞社発行 [写真集 愛知百年]より)

国府駅
国府駅の向側 ( 現 駐車場 ) はバス停になっいて、何台ものバスが発着していた。

中央通
旧東海道が通る国府の街の中心は中央通、「くすりのミヤノ」から南田橋にかけては「銀座通り」と名付けられる。
左下の車は、当時のトヨペット・コロナ。

バラエティショップ・ピオがオープン!
食品・衣料・菓子店など20数店が入る。
この後、東海センター(現 イシハラ靴店の辺り)やスーパーブラサ(現 UFJ銀行横)が出店するが、現在は2店ともここには無い。

現在の国府駅前はタクシーと一般者の駐車場で占められている。

七夕祭り

国府商店街の一店一店がそれぞれ七夕飾りを店先に飾り、当時の「 七夕祭り 」は大にぎわい!!

ネットプラザ、洋服のリフォームかすみ、吉文字屋、嶋田精肉店が入っていたが、今は全てが無い・・・・。

日本初の前面展望車両、名鉄パノラマカー。
1961年に誕生し、2008年12月27日引退。
誰でも一度は、この展望席からの景色を眺めたことでしょう。
懐かしのミュージックホーンはここをクリック

現在は”中央通”とは呼ばない?
右手前は、乳母車、玩具の伊藤乳母車店。
その向こう側が、不動産の中部育英社。

相撲大会
昭和28年(1953年) 宮野薬局(現くすりのミヤノ)の前の道路(旧東海道)に土俵を造って相撲大会。
当時は、自動車が少なかった(東宝タクシーに1〜2台あったか?程度)為に、こんな優雅なこともできた・・・・
演芸大会

1960年代には、国府商店街の道路に、こんな簡素な舞台を作って、それぞれの出しものを競っていた。
見物人は道路に腰を下ろした子供たちでにぎわう。

昭和初期の大社神社例大祭(12月15日)

一世代前の国府郵便局(平成17年)
現在の局舎は、2004年12月13日に、この場所から移転。

昭和28年(1953年) NHKラジオ連続放送「笛吹童子」、NHK-TV「ジェスチャー」の放送が始まる。

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