狐の煙草 前のページへ戻る   HOMEへ戻る

 昔、日吉の豊川べりに、御前様とよばれる所がありました。今でも、川路の方から早滝橋を渡り終わって、右下をみると、小さな滝があって、その滝壷の上に、御前様と不動明王がまつってあります。
 明治の初めのころの話です。ひとりのじいさんが、日吉に用事で行ったばあさんの帰りを待って、川路の豊川べりにたたずんでいました。もう日も暮れかかって、勝楽寺の鐘が、
 「グオーン。」
と鳴って、つめたい川のおもてに消えていきました。
 ふと、むこう岸の御前様の方を見ると、煙草を口にくわえた男が舟に乗って、川の上をただよっていました。
 「こんな時刻に変な事もあるものだ。一体、何をしているのかなあ。それにしても、ばあさんはおそいことだ。ひとつばあさんを呼んでみょう。」
 そう思ったじいさんは、 
 「ばあさーん、ばあさんやー。」
と、大声で呼んでみました。
 すると、不思議なことに、今まで舟の上で煙草をすっていた男の姿が、すーっと消えてしまったのです。煙草の火も、もう見えなくなっていました。
 しばらくして、ばあさんが、むこう岸から大声で呼ぶ声がします。じいさんは、舟を漕いで、むこう岸に向かいました。ばあさんは、舟に乗るがはやいか、
 「妙な人に出会ったよ。ゆかたを着た若い娘が、うちわを使いながら、上にあがっていったよ。何だか気持ちが悪かったよ、じいさん。」
と言いました。
 「なに言っとるか、ばあさん。今はもう霜月だ。こんなに寒くなって、ゆかたないもんだ。あたりが暗いから、そんな気がしたんだろう。」
 「いや、わたしゃ、ちょうちんでたしかに見たんだよ。」
 そんな話をしているうちに、舟は川路側に着きました。
 舟をつないで家路を急ぐ途中、じいさんは、
 「じっはなあ、ばあさん。わしもばあさんを待っとるときになあ。」
と、さっき起こった不思議な話をしました。
 「それでは、御前様につかえる狐の仕業かもしれんのう。」
と、ばあさんはいいました。
 2人は、鳥肌の立つような思いで、大急ぎで家に帰っていきました。

新城昔ばなし 365話(新城市教育委員会発行) より引用 


御前様

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