井道のおいなりさま 前のページへ戻る   HOMEへ戻る

 むかし、井道には13軒の桃牛寺の檀家がありましたので、桃牛寺のお小僧さんたちが、夜、提灯をつけて井道へお経をあげにきますと、井道のおいなりさまの近くできつねが出てきて、ろうそくを時々とられたということです。村の人たちの中にも、町へ出る途中で、大勢ろうそくをとられたという人がおりました。そのころ井道は、林ばかりで、まん中に1本の道があって、弁天にある「なた屋さん」の田んぼを小作する人たちが住んでいました。農業が主ですから、自然とおいなりさんを大切におまつりするようになりました。いまでも、おいなりさまのお祭りの日には、桃牛寺の和尚さんを招いてお経をあげ、村中の人がおもちをついたり、赤飯をたいたり、おいなりさまにお酒やあぶらげをあげたり、盛大なお祭りをしています。
 日清戦争のころのことです。ある家の娘が親のすすめで、井道のお百姓さんのところへお嫁にいくことになりました。
 花嫁の行列は井道の林の中を通っていきました。夜の林の中の道は、提灯のあかりをたよりにして歩くよりほかありません。行列が井道のいなりさまの前へきたとき、花嫁さんが、花嫁衣装のまま消えてしまいました。お供の人たちは大さわぎして探しましたが花嫁はいません。とうとうその結婚は破談になってしまいました。
 翌朝、村の人が、弁天橋の近くの田んぼで、花嫁衣装のまま田植えをしているその娘を発見しました。家に連れもどされた娘さんは、その後、心から愛する人のところへお嬢にいくことができて、一生幸せに暮らしたということです。おいなりさまが、娘の心を知ってひそかに助けたのかも知れません。
 今でも、願いごとがよくかなえられるおいなりさまとして知られ、おまいりする人が多いようです。

新城昔ばなし 365話(新城市教育委員会発行) より引用 


井道のお稲荷様

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