大野田城(新城今城)趾  新城市野田字幹徳
天文元年(1532年)、菅沼大善亮定継 が築城、その後、奥平美作守信昌 が居城。
元亀2年(1571年)、三河に侵略してきた武田信玄 は足助城を陥れた後、作手からこの城を攻めたため、野田城 主でもあった菅沼定盈 は城に火を放ち、豊川を渡って西郷(豊橋市)へ逃れて落城。
昭和33年 4月 1日  市指定史跡
東三河の城跡 このページを印刷   詳しい地図はここをクリック   前のページへ戻る   表紙へ戻る
【 2017年01月24日撮影 】

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(3) 池の向うの茂みの中に城跡が・・・・ だが!

(4) 城跡にはここから入っていったが辿り着けず・・・・断念!

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