竜宮の姫の着物 前のページへ戻る   表紙へ戻る

 ある日のことであった。上吉田川上の青年が、水神淵の近くを通りかかったところ、すばらしい香りがしてきた。
「こりゃあすてきな香りだ。どこからにおってくるのかなあ」
と思いながら、その香りを追って近寄ってみた。
 すると水神淵のそばの木の枝に、目の覚めるようなきれいな着物が掛かっていた。それがあまりにもきれいなので、しばらく見とれていたが、やがて好奇心がでてきて、そっと近寄って触ってみた。
 その時、鈴が鳴るような女の声がしたので、声のした方を振り向いてみると、そこに、またなんとも言えない美しい女が立っていた。そしてやさしく静かに、青年に向って話しかけてきた。
「もしもし、そこに掛けてある着物は、私達竜宮の姫の着る着物です。今日はよいお天気なので日に干したのですが、人間には見せてはならないことになっています。それを、ついあなたに見られてしまい困っています。
 どうかこの衣を見たことを村の人には絶対に話さないで下さい。もしこのことを村の人に話しますと、お気の毒ですが、あなたに大きな災難がかかります。
 しかし私の願いを守ってくだされば、あなたの村の人のために必要な膳椀を、いつでもお貸しします。
 膳椀を必要な時には、そのことを紙に書いて、この淵に投げ込んで下さい。間違いなくお貸しいたします。どうかよろしくお願いします」
と言って頼んだ。
 青年がうなずいてみせると、その竜宮の姫は、そのきれいな着物を身につけ消えて行った。
 青年は、この夢のような出来事に不思議さを感じたが、約束を守ってだれにも話さなかった。そして、あの竜宮の姫と言った彼女が話したことは、本当だろうかと半信半疑で一晩をすごした。
 翌日になって、かの姫の言葉を試してみる気になった青年は、言われた通りに紙に書いて水神淵に投げ込んでみた。するとその紙は、みるみる淵の中へ吸い込まれて行った。そして青年は、じっと水面を見つめていた。
 するとまもなく、目が覚めるような膳椀が浮いてきた。
「こりゃあすごいな。本当だった」
と、その青年は喜び、持ち帰って家の人に使わせたところ、家中の人がびっくりし、
「どうしたんだ。どこから持ってきたんだ」
と聞いたが、わけは話さなかった。
 そのうちに、このことが近所の評判になり、借りにくる人が出てきた。その度に、この青年は、水神淵から借りてきて、村人を喜ばせていた。
 ところがこの青年は、あのきれいな竜宮の姫の姿と、あの美しかった衣のことが忘れられなくて、いつもいつも思い続けているうちに、
「わしは竜宮のきれいなお姫様に会ったぞ。そしてあの竜宮の膳椀を借りて来るんだよ」
と、つい村人にほこらしげにしゃべってしまった。
 このことは、たちまち村中の評判になってしまった。青年は
「こりゃあしまった」
と思ったが、もう取り返しはできなかった。
 約束を破ってしまったために、それから後は、いくら紙に書いて水神淵に投げ込んで、あの見事な膳椀を借りようとしても、2度と浮き上ってこなかった。
 それどころか、この青年は、原因不明の重い病気になってしまった。

鳳来の伝説(鳳来町文化協会発行)より引用 


水神淵

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