鳳来寺と利修仙人 前のページへ戻る   表紙へ戻る

 昔、鳳来寺山には桐の大木があり、その高さは数10mにも及び、大空高く聳え立っていたので、この山を桐生山と呼んでいた。
 この桐は古い大木であったので、途中に大きな洞穴があり、一つの洞穴には大きな竜が住み、他の洞穴には鳳凰という瑞鳥が住んでいた。
 この山へ、百済の国へ渡って仙人の術や仏教を修行してきた利修仙人がやって来たが、この利修仙人は山城の国(現京都府)の生れで、仙人の術を身に付けていたので、鳳凰に乗って自由に空中を駆け巡ることができた。そしてさらに、赤、青、黒の三匹の鬼をお供にし、自由自在に使っていた。
 仙人はまず、山内にあった霊木、七本杉の1本を切り、薬師如来の像を彫刻し、これを岩上に祭り、これが鳳来寺の始まりとなった。
その頃、都において文武天皇が重い病気にかかられた。そこで朝廷では、草砥鹿公宣卿を勅使として遣わし、奥三河の山中にいた利修仙人に、天皇の病気全快のための祈祷の勅命を伝えさせた。
 山内に入った公宣卿は、利修仙人に会い勅命を伝えた。しかし、この勅命を伝える公宣卿の態度がおうへいであったので、心よい返事をしなかった。
 困った公宣卿は、ああいいこういいして勅命を受けるよう要請したが、仙人はなかなか承知しなかったので、公宣卿は勅使の立場で次第に語気を強め
「日本中すべての土地が天皇の土地である。その土地に住むあなたが、天皇の命に従わないのは、天皇に背くことになるが、それでいいのか。」
と問いつめた。
 すると仙人は一層きげんを悪くし、持っていた錫杖を地面に突立て、その上に座禅を組み、
「わしはこの通り空中にいて、天皇の土地の世話になっていないぞ」
と、きつい表情で答えた。
 それを見た勅使公宣卿は、
「それはおかしい。その錫杖は天皇の土地に立っているではないか」
と言い返した。
 さすがの仙人も問答に窮し、やっと勅使の要請を入れ都へ上ることになった。そこで仙人は、この山の洞穴に住んでいた鳳風に乗って都へ行き、祈祷によって天皇のご病気を治した。
 天皇は大変に喜ばれ、利修仙人のいるこの桐生山に寺を建て、鳳来寺と命名して仙人の労に報いられた。
 その後、仙人は、308歳という長寿をたもったが、元慶2年(878)に青赤黒三匹の鬼を本堂下に封じ込み、入寂されたといわれている。

鳳来の伝説(鳳来町文化協会発行)より引用


鳳来寺山

鳳来寺

利修仙人

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