坂井の庚申さま 前のページへ戻る   表紙へ戻る

 賀茂の村には、いつになったら降りやむのか見当もつかない大雨が、来る日も来る日も降り続いていた。
 そんな長雨が上がったある日のこと、賀茂村の坂井に一体の庚申さまが、何処からともなく流れ着いた。坂井の人たちはびっくりした。
「何ともったいないことだ」
「ひょっとすると、これは神さまが、おらが坂井においでになられたのだ。ありがたいことだ」
と喜び、総出で庚申さまをお迎えした。
 そして、みんなが代わる代わる庚申さまを抱き上げ、体をきれいに洗ってさしあげてから、流れ着いた所に手厚く祀り、お祭りをした。でも、お祀りしてある土地が低いので、庚申さまは雨が降るたびに水びたしになってしまう。そこで、村人たちは、(可哀想にのう、何とかしてあげなくちゃあ、もったいないことだ)と思った。
 ある日のこと、、村で一番お年寄りの権助じいさんが、いつものように庚申さまのお参りに出かけたところ、
「わしは水のつかない、もっと高い所に行きたいなあ」
という独り言が聞こえてきた。権助じいさんは、庚申さまを気の毒に思い、村の主だった人に集ってもらい、このことを伝えて相談した。
 権助じいさんの話を聞き、みんなで考えてはみたものの、どうしてあげるのがよいか答は出なかった。その話を伝え聞いた山辺に住む四ッ谷の人たちは、早速、権助じいさんの所へ行き、庚申さまを譲って貰いたいと申し出た。坂井の人たちは、またまた集まって相談した。
「あのどしゃぶりの雨の中を、折角、この地に来られた庚申さまを、坂井から失いたくはないが、雨のたびに水びたしになるのを見るのも忍びないのん」
「ここで水びたしになっとるより、庚申さまが望まれるように高い所にお移りさせてあげるのがよかろうじゃないかん。わしらも四ッ谷までお参りに行かまいか」
ということになった。
 坂井の人たちが大切にお祀りしていた庚申さまを譲ってもらうことになった四ッ谷の人たちは、たいそう喜び、自分たちの住んでいる所よりもずっと高い山の麓に立派な社を建てた。そして、坂井の人たちもお参りができるようにと、坂井の方を向けて庚申さまをお祀りした。
 そして、庚申さまは四ッ谷の氏神さまのように崇められ、霊験あらたかな神さまと伝えられるようになった。

豊橋の民話「片身のスズキ」(豊橋市図書館発行)より引用 


坂井の庚申さま

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