霊験あらたかな本宮奥宮の話 前のページへ戻る   表紙へ戻る

 本宮山は、昔からあらたかな霊山として、三河の国の人は勿論、遠州地方にも信仰者は多く、古来から祈りの神様としてあがめられ、戦時中は特別に武運の神として、日清、日露戦争特に大東亜戦争の時など、出征兵士の武運長久祈願の為に、昼夜を問わず登山者が絶えないと云う状態でありました。
 こんな神話が今尚伝えられています。それは明治38年、日露戦争の時の逸話であります。南設楽郡作手村の出征兵士のお父さんが、本宮山へ夜提灯をともして登山し、本殿正面の格
子に提灯を引掛けて、一心込めて息子の武運長久を祈り、終って帰路に付く事に成りましたが、確かに先程かけておいた提灯が、どうした事か全然見当らず、不思議に思い乍らも仕方なく、一緒に成った人達に同道して貰って帰ったそうであります。
 一方満州の荒野で、転戦して息子さんは、其の夜上官の命で、斥候兵として前線偵察に出かけました所が、途中道に迷って、西も東も皆目わからず途方に呉れ居りますと、前方の闇の彼方から、ふわりふわりと明りが宙に浮いて、だんだん近づいて来る様子であります。じっと瞳をこらして、近づいて来た其の提灯を見ると、紛れも無く我家の紋が入っていて、再び元釆た方向へふわりふわりと引返すではありませんか。之こそ正しく神のお導きに相違ないと、夢我夢中で其の明りに誘われて、幾時間の後に本隊に無事帰る事が出来て、立派に偵察情況を報告する事が出来たと、今尚本宮山霊験談として言い伝えられ、ますます信仰のお山として、今日迄も此の話は伝えられています。

一宮町むかしばなし(一宮町若返大学発行) より引用


砥鹿神社本宮山奥宮

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