疳の蟲 前のページへ戻る   表紙へ戻る

 宝飯郡一宮村大字大木にある進雄神社の境内にあった鐘が、ある夜、誰かに盗まれてしまいました。それで村の人が大騒ぎしていたときのこと、同じ部落の寅蔵という者が「鐘はいま、本野ケ原で2つに割れようとしとる」と、言いだしました。これを聞いた村人は、はじめ笑っていましたが、あまにも何度も言い張るので、半信半疑で行ってみると、寅蔵の言葉通り、鐘は打割られ、その一部はもう盗賊に持ち去られていました。
 この寅蔵は、生れつき、多病で、とりわけ疳の病がひどかったので、弟夫婦の世話になりながら、お百姓仕事を手伝っていました。
 ある日、畑仕事をしているとき、病がおこって、苦しんでいるのを、近くにいた喜代松というお百姓が見つけ、家へ送りとどける途中、寅蔵は、あえぎあえぎ、
「わたしは、一生、疳で苦しんだ。こんどこそは、助からないと思う。どうか、わたしが死んだら、墓のそばへ松の木を2本植えてもらいたい。わたしは疳の蟲になって、きっと、この病で苦しむ人々を救ってやりたい。よいか、頼みましたぞ」、喜代松に言い残しました。
 寅蔵は、それから間もなく、文久3年(1864)3月29日死にました。
 一方、喜代松は、寅蔵の言葉をすっかり忘れてしまっていた。ところが或晩のこと、急に気分が悪くなって床につくと、その夜中、ひどい”おこり”のような容態になったので、家の者はあわてて、近所の易者に見てもらうと、
「これは、死んだ人に何か頼まれた事を、まだやっていないための病気だ」と言うのです。
 それで喜代松に聞いてみると、喜代松は、寅蔵の頼みをやっと思いだしました。そこで早速2本の松の木を寅蔵の墓のそばに植えますと、喜代松のあやしい病気は、すぐ治りました。
 それからしばらくして、不思議なことには、その松の木の根元から、小さな蟲がゾロゾロはいだしました。ある人がこの蟲を、疳の子供にのませて見ると、すぐ治ってしまったといいます。この噂がひろまって、誰いうとなく、この蟲を、疳の蟲と呼ぶようになりました。

愛知県伝説集(泰文堂) より引用


進雄神社

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