弁天渕の石祠  北設楽郡設楽町神田
天正3年(1575年)の長篠合戦で敗れた武田方の武将 「望月右近太夫義勝」 の奥方が殺害され、片腕が神田川に流れ着いたという。
そこで、供養のために渕の上に建てられたのが、この石祠。 今回訪れた時も榊が供えられていて、地元の方に大切にされているのがわかる。
望月右近太夫義勝公の祠は東栄町の望月峠 にある。


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【 2015年08月08日撮影 】

(1) ここを右に下りて行く。

(2) ここを下って・・・・  

(3) 左カーブの右側に案内標識がある。

(4) この下が弁天渕

(5)

(6) 首の無い石仏と・・・・・

(7) 望月右近太夫義勝 の奥方の石祠

(8)  望月右近太夫義勝の祠は東栄町望月峠にある。

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