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02月17日  新城市:望月喜平治頌徳碑を追加しました。
望月喜平治 は、明治10年(1877年)から明治19年(1886年)まで9年の歳月と私費を投じて、長篠字岩代付近から川合まで、約13.7kmの望月街道を開設した人物。
今の 望月街道 は軽自動車までしか通行できない部分もあるが、当時は荷車が通れれば充分! この望月街道の開通記念として建てられたのが、施所橋の東側にある頌徳碑だが、残念ながら文字は読み取れない・・・・・
 新城市:鳳来寺村道路元標を追加しました。
県道32号長篠東栄線の玖老勢の信号から少し北へ行った所で旧道に入ると、200m程先の左手に玖老勢コミュニティプラザがある。
この建物の入口左手前に鳳来寺村道路元標がある。
鳳来寺村は、明治22年(1889年)、門谷村と玖老勢村、副川村の一部が合併して誕生。
昭和31年(1956年)4月1日 、南設楽郡長篠村および八名郡大野町・七郷村と合併し、鳳来町となる。
その後、平成17年(2005年)10月1日に新城市・南設楽郡作手村と合併して現在の新城市となる。
02月16日  豊橋市:豊橋市道路元標 を追加しました。
豊橋市の中心部、札木電停の東側の交差点、西北門に豊橋市道路元票がある。 「市」の道路元標はここだけ!
明治2年(1869年)、版籍奉還後に「吉田」から「豊橋」になり、明治11年(1878年)に渥美郡豊橋町が誕生。
その後、明治39年(1906年)に市制施行により豊橋市となり、現在に至る。
 豊川市:慈恩寺を追加しました。
曹洞宗の寺院で、萩小学校 の真裏にある。
02月15日  豊川市:養樹寺を追加しました。
牛久保町寺町の一角にある真宗高田派の寺院で、山号は宝林山。 けさがけ地蔵 で知られる善光庵 の東側に位置する。
 新城市:南設楽郡東郷村道路元標を追加しました。
大海の大海公民館前の道路脇にある。ここは、お盆に大海の放下が行われる場所でもある。
明治39年(1906年)5月1日、平井村、信楽村、石座村が合併し、南設楽郡東郷村が誕生。
昭和30年(1955年)4月15日、南設楽郡千郷村、東郷村と八名郡舟着村、八名村が南設楽郡新城町と合併。
昭和33年(1958年)11月1日に市制施行により新城市となる。
02月13日  田原市:田原町のヤドリギ を追加しました。
権現の森 から田原中学校の北の道を走っていると、左手に沢山のヤドリギを発見! 
よく走る道だと思っているけど、全く気が付かなかった〜・・・・・ と、いうことは、冬には余りこの道は走っていないということか・・・・・?
02月12日  蒲郡市:林光寺 を追加しました。
真宗大谷派の寺院で、山号は龍燈山。
形原町の県道321号東幡豆蒲郡線を走っていると、道路の西側に案内標識が目立っているのですぐに判る。
 蒲郡市:宝飯郡西浦村道路元標 を追加しました。
JA蒲郡市西浦の南側道路と、県道321号東幡豆蒲郡線と交差する所に宝飯郡西浦村道路元標がある。
JA蒲郡市西浦の北側道路角には、伊能忠敬蒲郡測量宿泊地跡 がある。
西浦村は明治22年(1889年)10月1日、町村制施行により誕生し、昭和19年(1944年)2月11日に町制施行して西浦町となる。
その後、昭和38年(1963年)4月1日に蒲郡市と合併して現在に至る。
 新城市:八名郡大野町道路元標を追加しました。
旧大野銀行 の前を10〜20m程北へ行くと、右手に 東陽小学校入口の案内標識がある。そのすぐ横に道路元票がある。
明治25年(1892年)4月18日、町制施行により大野村が大野町に改称。昭和31年(1956年)4月1日に八名郡七郷村、南設楽郡長篠村・鳳来寺村と合併して南設楽郡鳳来町となり、平成17年(2005年)10月 1日、作手村と合併して新城市に編入され現在に至る。
02月10日  豊橋市:多聞院 を追加しました。
臨済宗妙心寺派で山号は医王山。薬師如来をお祀りしていることから「北薬師」の通称で親しまれている。
注意して見ると、国道259号から赤い幟旗を確認することができる。
 蒲郡市:宝飯郡蒲郡町道路元標 がありました。
蒲郡市博物館 の入口の前に、色々な石標が展示されている。 その中に宝飯郡蒲郡町道路元票と、その説明版がある。
明治9年(1876年)4月、蒲形村と西之郡村が合併し、蒲方村のと西之郡村の を取って蒲郡村が誕生。
昭和29年(1954年)4月1日、蒲郡町、三谷町、塩津村が合併して蒲郡市となり、県下15番目の市となる。
02月09日  田原市:福江町の 日の出自動車商会跡 を追加しました。
日の出自動車は、昭和3年(1928年)に豊橋自動車に対抗してできたバス会社で、福江・豊橋間を直通運行していたという。
昭和初期の建物の外観を残し、3階部分には、当時の日の出マークがそのまま残っている。
02月08日  豊橋市:中央図書館の裏に サザンカの小径 がありました。
豊橋市中央図書館と羽根井スポーツ広場の間に通路があり、図書館側にはサザンカの木が植えられている。
冬になると真っ赤な花が咲き、正に、サザンカの小径・・・・・ 車は通れないので、ゆっくり花を見ながら散策する人の姿も見られる。
 豊橋市:二川町の高札場跡の横に 二川町道路元標 がありました。
二川宿本陣資料館 の西、高札場趾 の石柱の横に「二川町道路元標」がある。ここは、はっきりと文字を読み取ることができる。
明治39年(1906年)7月1日 、大川町、谷川村、細谷村、小沢村が合併して渥美郡二川町が誕生。
昭和30年(1955年)3月1日、渥美郡高豊村・老津村、宝飯郡前芝村、八名郡石巻村とともに豊橋市へ編入され、現在に至る。
02月07日  新城市:乗本の蔵平トンネルを追加しました。
長篠から国道257号を南下して下吉田に向かう途中に、平成3年(1991年)11月に竣工した延長78mのトンネルがある。
長篠方面からこのトンネルをくぐると、いつも「もうすぐ下吉田だ・・・・・」と思わせてくれるトンネルでもある・・・・・
02月06日  豊川市:宝飯郡赤坂町道路元標を追加しました。
赤坂休憩所(よらまいかん)の南端、道路に面した所に、宝飯郡赤坂町道路元標がある。
明治22年(1889年)10月1日、町村制施行により「赤坂村」が誕生し、明治27年(1894年)6月23日、町制施行により赤坂町となる。
昭和30年(1955年)4月1日、赤坂町、長沢村、萩村が合併して音羽町となるが、平成20年(2008年)1月15日に宝飯郡音羽町と宝飯郡御津町が豊川市に編入合併したことにより、旧音羽町の一部が再び赤坂町となる。
 豊川市:豊津神社の周囲がサザンカで彩られています。
冬になると、豊津神社 の東側の垣根はサザンカの花で真っ赤に彩られる。 この写真を撮った後、神社の北側を回って帰ろうとしたら、北側の垣根もサザンカ・・・・・ 西側もサザンカ・・・・・ 正に、サザンカの神社だった・・・・・ 今まで、全く気が付かなかった〜・・・・・
もう少し早く来れば、もっと奇麗だったかも・・・・・
02月05日  豊橋市:高井城趾 を追加しました。
築城年代や築城者については定かでないが、石巻山城 を築いた高井主膳正が在城していたという。
高井主膳正は南朝の遺臣であったため、北朝方足利軍に攻められて石巻山城で自刃して果てたといわれている。
城があったと思われる辺りは一面畑地で、わずかに、こんもりした土塁らしきものがある。
      とよはしの民話「 高井のもちつき
 豊橋市:和田辻交差点角に 石巻村道路元標 がありました。
国道362号と県道81号豊橋下吉田線が交わる和田辻交差点の南東角にあるが、この角には色々なものが立っていてチョット見には分かり難い。
八名郡石巻村は、明治39年(1906年)7月1日に多米村、三輪村、玉川村、嵩山村、西郷村が合併してできた村。
昭和30年(1955年)3月1日に 豊橋市に編入されて現在に至る。
02月03日  田原市:田原市立野田中学校廃校趾を追加しました。
昭和22年(1947年)4月1日に設立。しかし、少子化により生徒数は激減し、平成28年(2016年)4月1日、田原市田原町の田原中学校と統合。
建物も奇麗で、とても廃校跡には見えないけど・・・・・ 残念!
 田原市:江比間町に 渥美郡泉村道路元標 がありました。
国道259号の江比間交差点から南に入り、最初の細い道を左折して100m程のT字路の南東角にある。
泉村は明治22年(1889年)10月1日に、宇津江村、江比間村、八王子村、馬伏村、伊川津村、石神村、村松村が合併してできた村。
その後、昭和30年(1955年)4月15日、福江町、伊良湖岬村と合併して渥美町となり、平成17年(2005年)10月1日、田原市に編入。
02月02日  新城市:乗本にある 安居院(大日堂)を追加しました。
県道69号豊橋乗本線を北上し、左に牛淵橋を見て、すぐに右に入る細い道がある。車の運転は要注意!
鳶ヶ巣山砦 に向かって行く途中に大日山安居院がある。 長篠の戦の時、武田軍の武田信実の2000の軍勢が布陣した所だという。
この安居院の前に祠があり、できものを治してくれるというおしょせん様が祀られており、できものや耳だれが治った人は、御礼として松笠や穴あき石を供えるという。  鳳来町誌「 おしょせん様
02月01日  豊橋市:渥美郡牟呂吉田村道路元標がありました。
市場公会堂の敷地の中に渥美郡牟呂吉田村の道路元票がある。 すぐ横には公会堂建築記念碑があるので、この碑を造る時に何処からか移したものと思われる。
明治39年(1906年)7月1日、牟呂村と吉田方村が合併して渥美郡牟呂吉田村が誕生し、昭和7年(1932年)9月1日 に豊橋市に編入され、現在に至る。
 新城市:七郷一色の 黒沢田楽の時期になったので、鳳来町誌の「 黒沢の田楽」を追加しました。
静岡県との境、標高300〜500mの秘境とも云える山の中腹に七戸の民家が点在する黒沢集落。 ここの人々によって室町時代から舞い継がれ、現存することすら奇跡だといわれている黒沢田楽は、毎年2月の第1日曜日に阿弥陀堂で行われる。 
午前11時過ぎ、白装束の男性たちが宗家であり阿弥陀堂の鍵取である荻野家 を出発、宝刀「とかけ丸」などを持って阿弥陀堂へ入り、「ちんじゅのまい」から「げどうばらい」まで、37の舞いを舞って午後3時頃に終わる。 お囃子は七郷一色小学校 の児童たちが演奏してきたが、平成14年3月に閉校した為、現在は東陽小学校 にその伝統が受け継がれている。
01月31日  新城市:上吉田地区の 道泉坊牌堂 を追加しました。
上吉田地区の大室神社と黄柳川を挟んだ反対側の山裾に共同墓地がある。 この墓地の入り口の所に、「川上の道泉坊」と呼ばれているお堂がある。 ここには上吉田の開墾に尽力し、210歳までも長生きしたという僧「道泉坊大僧都」が祀られている。
01月30日  新城市:内金トンネル を追加しました。
河津桜で有名な「河津の桜並木」の北の端にあるトンネルだが、旧田口線の鉄道トンネルだったので、扁額も銘板もない。
春、このトンネルの中から眺める河津桜の景色は余りにも有名。
北側と南側のトンネルの内部の仕上げが異なるのは、河津桜と関係あるのかな? 考えすぎ!
 新城市:小畑の 護国神社 を追加しました。
県道81号豊橋下吉田線の中宇利の信号から 唐土神社 に向かうと、唐土神社のすぐ手前に鎮座している。
詳しいことは分からないが、鳥居には「戦後50周年」と書かれている。
01月29日  田原市:野田小学校のホルトの木 が伐採されていました。
旧校舎の北側に、樹高 15m、幹周り 3m、推定樹齢 200年以上のホルトの木があり、平成4年6月25日  市指定天然記念物 になると共に、たはらの巨木・名木100選(39)に選ばれている。もう1本の ホルトの木@ は、野田市民館との間にある。
2018年1月28日に訪れたら伐採されていました。 ウイルス病で枯死し、2014年8月19 日に伐採されたという。
 田原市:渥美郡野田村道路元標 がありました
野田小学校の前、野田市民館前電話BOXの脇にあり、「野田村道路元標」の文字もはっきりと読み取れる。
渥美郡野田村は明治22年(1889年)、藩政村の野田村が大久保村・仁崎村・芦村と合併して誕生した村。
01月26日  豊川市:三河国分尼寺跡史跡公園のハクモクレン の蕾が膨らみ始めました。
 豊川市:砥鹿神社の前に 一宮村道路元標 がありました。
砥鹿神社里宮の南側、駐車場入り口の所の三叉路の角にある。
明治39年(1906年)7月1日、宝飯郡桑富村と本茂村が合併して宝飯郡一宮村が誕生し、昭和36年(1961年)4月1日、町制施行で宝飯郡一宮町となる。その後、平成18年(2006年)2月1日、豊川市に編入合併。
01月25日  豊橋市:渥美郡老津村道路元標 を追加しました。
老津駅前の信号のある4叉路の東北角、電柱の根元にある。いろいろ障害物があるので、線路側から見ないと分からないかも知れない。
老津村は、明治11年(1878年)に北大津村、南大津村、森崎新田が合併してできた村で、昭和30年(1955年)3月1日に豊橋市に編入され現在に至る。すぐ傍には 老津公園 がある。
01月24日  新城市:川路にある 東郷村役場趾 を追加しました。
県道439号能登瀬新城線を西に向かい、三河東郷駅 を過ぎて、川路光正寺の信号から150m程進むと、左手に川路公民館の新しい建物がある。この公民館の前、道路に面した所に「旧東郷村役場」の標識と説明板が立っている。
東郷村は明治39年(1906年)5月1日に、平井村、信楽村、石座村が合併して誕生し、昭和30年(1955年)4月15日に千郷村、東郷村、八名郡舟着村、八名村が南設楽郡新城町と合併。その後、昭和33年(1958年)11月1日、市制施行で新城市となる。
 新城市:乗本に 舟着村道路元標 がありました。
県道69号豊橋乗本線と県道439号能登瀬新城線が交差する所から、北へ50m程行った右手にある。
舟着村は明治39年(1906年)7月1日、乗本村と日吉村が合併して出来た村で、昭和30年(1955年)4月15日には、南設楽郡新城町、東郷村、千郷村、八名郡八名村、舟着村が合併して南設楽郡新城町となり。その後、昭和33年(1958年)11月1日、市制施行で新城市となる。
01月23日  新城市:三河東郷駅の東にある 萩平遺跡 を追加しました。
昭和35年(1960年)に発見された遺跡で、旧石器時代から縄文時代に続く石器や槍などの尖頭器などが見つかっている。
三河東郷駅の東側、川路夜燈の信号を右折して200m程行った右側に案内標識があるが、ここから入ると狭い道を通らなければならない。更に100m程先に右に入る道があるので、こちらの方がず〜っと楽! 真っすぐ進むと突き当りの右手に説明版がある。
01月22日  豊橋市:豊橋公園にある 四警官殉職の碑 と、舟艇が激突した朝倉川の 境橋(ダーダー橋) を追加しました。
豊橋公園の駐車場の北側、豊川に近い所にある。
昭和41年(1966年)10月12日、東三河地方を襲った集中豪雨により朝倉川が氾濫して民家に住民3名が取り残された。豊橋警察署の5名の警察官が舟艇で3名を救助したが、その帰路で急流に押し流され、舟艇は 境橋(ダーダー橋) の橋脚に激突して転覆。1人が助かったが、警察官4名と民間人3名が激流に飲み込まれたという。 この惨害を繰り返さないよう注意喚起の為にこの碑が建てられた。
 田原市:仁崎町の 五十鈴川 と、そこに伝わる「 やまと姫の命の旅」を追加しました。
県道2号豊橋渥美線の仁崎地区、浜田橋西の信号から南に五十鈴川が流れている。
五十鈴川に沿って南下するとすぐに桜橋があり、その東側には神明社 が鎮座している。
この五十鈴川には、伊勢の五十鈴川と同じ名前を付けてくれたという「やまと姫の命」の話が伝わっている。
01月21日  田原市:仁崎町の 東光寺を追加しました。
曹洞宗の寺院。
東光寺の周辺には、室町時代の大永6年(1526年)に、戸田家3代政光が隠居所として築いた仁崎御殿があったというが、遺構はない。
戸田家一族の墓は、大久保町の長興寺 にある。
01月20日  新城市:作手の 正眼寺 を追加しました。
臨済宗永源寺派の寺院で、山号は延長山。
門を入った正面に鬼瓦らしきものがあり、そこには葵の紋のような細工が見られるが、残念ながら委細は分からない。
また、入り口の所には、作手村道路元標 がある。
 新城市:正眼寺の前に作手村道路元標がありました。
明治39年(1906年)5月1日、巴村、田原村、菅沼村、高松村、田代村、杉平村、保永村、荒原村、大和田村が合併して作手村が誕生し、平成17年(2005年)10月1日 、旧新城市、南設楽郡鳳来町と合併して新城市となる。
01月20日  新城市:稲目トンネルを追加しました。
県道389号富栄設楽線の新城市と設楽町の境にあり、設楽町に行く時にはいつも利用さてせもらう馴染みのあるトンネル。
昭和54年(1979年)3月に竣工された延長1,510m、東三河で一番長い。
 設楽町:新段嶺トンネルを追加しました。
国道257号と県道389号富栄設楽線を結ぶトンネルで、平成4年(1992年)3月竣工、延長190m。
すぐ横には、旧段嶺トンネル(段嶺隧道)があるが、こちらは徒歩でしか通ることはできない。
このトンネルの上には、段嶺郵便局前から田峯城田峯観音へ行く道が通っている。
01月19日  蒲郡市:白山神社奥之院 へ行ってきました。
とよおか湖 から国坂峠に向かう道沿いに白山神社の白い幟が立っている。 豊岡町白山にある 白山神社 の奥之院が、この山の上にあるのだが、今までは幟を横目で見て素通り・・・・・今回、思い切って参拝!
途中、道は湿っているうえに落葉がいっぱい! 滑りそうなので足を踏ん張りながら登ること約20分、奥の院に到着。鳥居の前からは、僅かに 竹島大島 が見える。
01月18日  新城市:豊栄トンネルを追加しました。
県道21号豊川新城線にあるトンネルで、平成10年(1998年)3月に竣工、延長317m、私がアチコチ走り回るのに一番多く利用するトンネル。
三河カントリークラブが開場したのが平成10年11月3日で、これに合わせて造られた新しいトンネル。
 新城市:鳳来町の伝説「 水浴び地蔵」を追加して、竹ノ輪の日吉神社を更新しました。
道路の右上の方に鳥居は見えるが、前は崖の様になっていて、とても鳥居をくぐれる状態ではない・・・・ 手前の右手からゆるい坂を登れるようになっているので、こちらから行くしかない・・・・ 足場が悪く、鳥居の正面から写真を撮ることもできない・・・・
社殿の右上の高い所に祠があり、地元の方の話によると、昔、畑地にあった水浴び地蔵がこの中に祀られているという。
01月17日  田原市:田原町に渥美郡田原町道路元標 がありました。
田原町の中心地、田原萱町の交差点から中央公園を隔てた東側の道路の角にある。
明治25年(1892年)迄は田原村だったが、町制施行に伴い田原町となり、平成15年(2003年)8月20日、渥美郡田原町と渥美郡赤羽根町が合併して田原市が誕生。平成17年(2005年)10月1日には渥美郡渥美町が合併して、現在の田原市となる。
01月16日  豊川市:やっと小坂井郷土資料館 を更新しました。
建物は旧青年学校(小坂井東小学校)の木造校舎を一部移築し、昭和初期の学校建築様式の面影が偲ばれる資料館で、昭和53年(1978)設立。住民の文化財に対する意識の高揚と、町の歴史を知る目的で建てられ、考古資料約2,400点、民俗資料約350点が収蔵されている。
また、館内には修復された土器が多数展示されていたが、平成22年(2010年)1月31日をもって閉館。
 豊川市:小坂井郷土資料館 の更新に伴い、丸ポスト も更新しました。
小坂井郷土資料館の入口の所に、横向きになって、隠れるように、昔の丸ポストがある。
元々は他にあったものを、資料の一つとしてここに設置したもののようだ・・・・・
小坂井町には丸ポストはここにしかない。現役であったらもっと良かったのに!
 豊川市:今までは気が付かなかったが、丸ポストの横に 宝飯郡小坂井村道路元標 がありました。
小坂井郷土資料館の入口の所に、丸ポスト、豊川道標識と共にあるが、ここに3つまとまってあるのも何か?不自然!
どこかにあったものをここに移したのか? あるいは、元々ここに道路が通っていたのか? 残念ながら分からない。
元標の文字が読み取り難いが ”小坂井町”ではなく ”小坂井村”になっているようだ。
01月15日  新城市: 愛郷隧道 を追加しました。
国道257号で新城市から設楽町に向かうと必ず通るトンネル。
扁額の「愛郷隧道」の文字が、右から左に草書体で書かれていると云うことは、かなり古い年代のトンネルのようだが、残念ながらトンネル銘板が無い!
 新城市:細川地区にある 鹿かつら地蔵堂 を追加しました。
大野地区の明治橋西交差点から県道505号渋川鳳来線を 百間滝 に向かって進む。
旧細川小学校跡を左手に見て、ここから500m程進むと右に入る道がある。真立川に架かる浪沢橋を渡ってすぐに左折、そのまま進むとすぐに墓地が見え、その前に地蔵堂が建っている。
これは、昔、頭が真白な鹿を射止め、よく見ると頭にかつらのような白い毛をかぶり、王者の貫禄を備えていたので、ここに地蔵堂を建てて供養しているという。
01月14日  豊川市:御津町金野の円蔵寺 を追加しました。
八柱神社 の一の鳥居、二の鳥居と進むと、右に入る石段がある。 この石段を登り詰めると墓地に出る。 その奥に建物があるが、本堂ではなさそうだ・・・・・。ということは既に廃寺か?
でも、墓地はきれいに手入れされている。
 豊川市:御津町金野の灰野坂馬頭観音 を追加しました。
金野地区の県道373号金野豊川線を蒲郡方面に向かい、金野地区に入って座王神社 を過ぎると、右鋭角に曲がる道がある。ここから道が狭くなり、軽自動車でないと無理かもしれない。 途中、車通行止め看板があり、ここを入って行くと突き当りの三差路の所に馬頭観音が祀られている。ここを右に入ると御油町の方に抜けられる様になっているが、とても車が通れる道ではない。しかし、昔は御油宿と灰野村を結ぶ主要道路で、人馬の往来も激しかったという。
左に進むと八柱神社円蔵寺 に行くことができる。  くれぐれも普通車は注意して! もちろん、軽自動車も!
01月13日  新城市:山吉田村役場趾に 山吉田村道路元標 がありました。
旧山吉田小学校趾(今は更地になっている)と郵便局の間に空き地がある。ここは、元山吉田村役場だったという。
この空き地の奥の方に道路元標がある。
山吉田村は、明治22年(1889年)に下吉田村・上吉田村・黄柳野村・竹之輪村が合併して出来た村で、昭和31年(1956年)9月30日には南設楽郡海老町と合併して南設楽郡鳳来町となり、この時、八名郡も消滅。さらに、平成17年(2005年)10月1日に新城市・南設楽郡作手村と合併して現在の新城市なる。
 新城市:旧山吉田小学校 の建物が、完全に取り壊されていました。
明治6年(1873年) 満光寺 に下吉田学校として開校し、明治13年(1880年)に現在の場所に移転、平成25年(2013年)3月31日に閉校、139年の歴史に幕を閉じ、平成25年度から「黄柳川小学校」 に統合。
2018年1月4日には、建物は取り壊され、跡形も無くなっていた〜 (;_:)
01月12日  蒲郡市:蒲郡北部小学校の西、鵜殿坂(ダラダラ坂) の民話を追加しました。
蒲郡市立北部小学校の西のダラグラ坂を「鵜殿坂」と呼んでいる。
上ノ郷合戦の時、上ノ郷城主の鵜殿長照が城を逃れて長沢街道を落ちようとしたが、安楽寺東の坂であとを追って来た敵の松平金十郎に追いつかれて一騎討ちとなった。長照は木の根につまづいてころぴ、起き上るところを飛び込んで来た金十郎の一刀で斬られ、無念の最後をとげてしまった。「無念、もしころばなかったら……。」と長照が言い残したので、この坂を「鵜殿坂」と呼び、この坂でころぶと怪我をすると伝えられているという。
01月11日  田原市:長仙寺 の西の交差点の南西角に、渥美郡杉山村道路元標 がありました。
杉山村は、昭和30年(1955年)4月1日に豊橋市と田原町に分割編入され、更に、平成15年(2003年)8月20日に赤羽根町と合併して田原市となる。その後、平成17年(2005年)10月1日には渥美郡渥美町と合併して現在に至る。
01月10日  豊川市:平尾町の 星野神社 の裏に 表忠碑 がありました。
表忠碑とは日清・日露戦争の戦没者を祀った碑とのことだが、他で見かけたことはない。
表忠碑のさらに奥には忠魂碑があるが、こちらは一般的。
 新城市:中宇利のハクモクレン の蕾が膨らみ始めました 春が楽しみ・・・・・
県道81号豊橋下吉田線を富岡から黄柳野方面に向かい、慈廣寺 を過ぎて1.5Km程行くと右手にハクモクレン(白木蓮)の大木がある。
冬の寒い頃に芽吹いて、3月下旬になると木全体が雪化粧したかのように真っ白になり、思わず車を停めて見入ってしまう程の姿を見せてくれる。
01月09日  新城市:鳳来町誌の「 城山の清住稲荷」を追加しました。
南北朝時代(1336〜1392年)に足助から来た鈴木喜三郎が城山に城を築き、大野一帯を領有したが1384年に死去、その後は菅沼氏領となる。鈴木喜三郎の墓はすぐ近くの淵龍寺にある。
登り口には説明版があって判りやすいが、頂上までの道は判り難く、踏み跡も残っていない所もある。  幸いにも所々に標識があるので救われるが、道の無い所は兎に角山頂に向かって突き進むしかない・・・・ 入口から10分程で辿り着き、頂上には清澄稲荷が祀られている。
 豊橋市:賀茂小学校のセンダンの木に、実がビッシリ生っていました。
賀茂小学校の校庭の南西角に、大きなセンダンの木がある。 幹周 3.2m、樹高 10.5m、推定樹齢100年以上、豊橋市のセンダンの中ではもっとも太く、「とよはしの巨木・名木」100選に選ばれている。
5〜6月頃には薄紫色の花が咲き、秋から冬にかけて黄色の実を房状につける。
01月08日  新城市:新城市消防出初式 を追加しました。
1月7日午前9時、桜淵公園 の桜淵いこいの広場グランドにて消防出初式が行われました。
朝、寒い会場に着いたら、早速、婦人部の方々から熱々の豚汁の接待があり、これで体ポカポカ・・・・・ 
午前9時、495名の消防関係者と24台の車両が並び、開会の辞から始まり国旗・市旗の掲揚、視閲から消防団、中学生、消防署員による特別演技、そして、徒歩部隊と車両部隊による分列行進が行われて、10時30分頃に終了。
01月07日  豊川市:萩小学校の前に 萩村道路元標 がありました。
萩小学校 の前の信号機のある小さな交差点の南西角、ガードレールの切れた所に信号機の歩行者用押し釦がある。この鉄柱の根元、ガードレールに隠れるように「萩村道路元票」がある。
道路側からはガードレールの下に僅かに見える程度なので、余程注意して見ないと確認できない。覗き込むようにして見ると、「路元標」の文字だけは読み取れる。
01月06日  新城市:下吉田の小阿寺川 と、そこに伝わる民話「 小阿寺川のかっぱ」を追加しました。
国道257号線山吉田の信号から北へ進むと、すぐに黄柳川を渡る。その後、左折して200m程行くと小さな川を渡る。この川が小阿寺川で、「 小阿寺川のかっぱ」の昔話が伝わっている。
ここに架かる橋は「天白橋」だが、すぐ上流にも橋があり、この橋も「天白橋」・・・・・ どうやって分けているんだろう?
 新城市:鳳来町誌の「 柿本城址と無血開城」を追加しました。
柿本城 は1568年、鈴木重勝 によって標高190m、比高70mの丘陵築かれた城。
鈴木重勝は家康の関東移封にともなって上野国に移り、93才で没。
現在は山林となり、曲輪、堀が残り、本丸跡には 「鈴木長門守重勝之城址」と刻まれた碑がある。
01月05日  蒲郡市:大塚に神仏習合と思われる星越山秋葉殿 がありました。
神社かと思ったら、鳥居の横には、秋葉神社ではなく「星越山秋葉殿」の名前があり、拝殿の前には線香立てが用意されている。しかし、上を見るとしめ縄があって、大きな鈴が下がっている。さらに中を覗くと、蝋燭立てと線香立と鐘があり、その上にもしめ縄がある。
明治維新以前には「神仏習合」というものがあったというが、それが今でも残っているのか? 委細は解からない。
 蒲郡市:長存寺の客人権現 を追加しました。
文安2年(1445)新潟県三条市の本成寺3世である日存により天台宗の寺院として創建され、その後、永正15年(1518)下ノ郷城主鵜殿又三郎長存の帰依を受け寺観を整え、天文12年(1543)2月17日、長存が卒去すると鵜殿長存の法号長存院日長に因んで正祷山長存寺と改める。
西郡の四大寺の一つ。    西の郡の民話「 客人権現のワラ人形
01月04日  豊橋市・豊川市:賀茂橋と竣工記念碑 を追加しました。
県道499号石巻萩平豊川線の豊川市向河原町と豊橋市賀茂町を結ぶ橋で、昭和41年(1966年)3月に竣工。
豊橋側の県道沿いに、竣工記念碑が建てられている。
冬にこの橋を渡る時には、橋の上から下流を眺めてみよう・・・・・  豊川で泳ぐオオハクチョウ の親子に出会えるかも知れない。
01月03日  新城市:元旦に”桧峠 ”を通ってきました。
県道81号(豊橋下吉田線)中宇利の信号から小畑地区に向かうと、左側に小畑公民館がある。その手前を左折して山を越えれば吉川地区に出るが、この小畑と吉川の境にあるのが桧峠。
峠の両側には黒光りした石が露出しているが、桧峠と彫られた石碑はこの石を利用しいてるのだろうか?
2018年1月元旦に通った今年最初の峠です。
12月31日  新城市:水沢トンネルを追加しました。
朝霧湖の西側の道を進むと、大島川が朝霧湖に注ぐ辺りに小さなトンネルがある。
トンネル内は自動車のすれ違いが出来ないため、先入優先の譲り合い、どちらの入り口にも一旦停止のラインがある。
今は県道519号七郷一色名号線が通り抜けできないためにこのトンネルを利用せざるを得ないが、県道が開通したら、どれだけの人が利用するだろうか?
 新城市:大島トンネルを追加しました。
県道519号七郷一色名号線の朝霧湖畔にある延長476mのトンネルで、平成9年(1997年)3月に竣工。
北側の入り口には旧鳳来町の鳥だったコノハズクのレリーフがある。しかし、トンネル銘板が無い!と思って、よく見てみたら… 南側に銘板を止めていた4つの穴だけ残っていた〜!
2017年12月16日現在、ここから南下して百間滝 の方に通り抜けることはできないので、ここからUターンするしかない・・・・・
12月29日  豊橋市:前芝の杢野甚七碑 に、とよはしの民話「三河海苔とみの笠騒動」を追加しました。
杢野甚七(1814〜1904)は、三河地区で初めて海苔養殖に成功、全国屈指の海苔の産地として三河海苔養殖の基礎を築いた。
明治37年(1904) 90歳で没。       とよはしの民話「 三河海苔とみの笠騒動
碑は、豊川放水路の河口、前芝の燈明台 より海寄りの所に建てられている。
12月28日  新城市:ねぶき峠と石切地蔵を追加しました。
国道151号線を東に進み、愛知県民の森 に入る斜め左の道を通り過ぎて3〜400m程進むと、右鋭角に入る未舗装の道がある。
そこを入るとすぐに動物除けの柵がある。柵を開けて中に入り、後はひたすら徒歩で峠を目指す。 大きな石がゴロゴロしていて歩き難いが、遥か下に国道151号線を望みながら、10〜15分ほどで峠に到着。そこには鳳来の伝説にある「石切地蔵」が祀られている。
12月27日  豊川市:一宮町の昔ばなし足山田のお犬様を追加しました。
岐阜県の中山神社から犬の守護神の御分神をお迎えしたのが始まりという。
弘法大師堂 の西側の道を進むとすぐに、石仏が並んでいる所から左に入る細い道がある。 入口は石段になっているのでここを入って行くと、先に石灯篭が見える。 その脇に桧の葉で囲われた杜があるが、これが中山神社で、通称、お犬様と呼ばれている。
 豊川市:金沢橋の昔ばなし養父の渡しを追加しました。
豊川に架かる金沢橋の西側に、金沢橋竣工記念碑がある。 豊橋方面から橋を渡ってくると目につかないかも知れない・・・・
この記念碑に富安風生 の句がある。
12月26日  新城市:名号トンネルを追加しました。
国道151号線名号の信号から県道519号七郷一色名号線を1.5Km程南下すると、朝霧湖 の手前にある。 
途中、「通り抜けできません」という注意標識があるが、ここまでは大丈夫!そのまま直進できます。 本当に長い間この標識はあるが、いつ解放されるんでしょうか?
南側の入り口には旧鳳来町の町の花だったホソバシャクナゲのレリーフはあるが、トンネル銘板がどちらの入り口にも無い!
12月25日  蒲郡市:相楽の十王堂を追加しました。
相楽の 養円寺不動院 の中間に位置し、道路脇に立っており、大きな説明板があるのですぐにわかる。
中央の南無地蔵菩薩は寛永9年(1632年)、他の10体の像は江戸末期のもので、善福寺多福院の十王だったという。
 蒲郡市:五井の名のいわれ となった長泉寺の井戸を追加しました。
長泉寺は藤九郎が普請奉行となって建立したもので、後に「三河七御堂」として栄え、西郡の四大寺 の1つになっている。本堂の裏には安達藤九郎盛長の五輪塔があり、 昭和32年1月10日  蒲郡市指定文化財 となっている。
また、長泉寺は五井松平氏の菩提寺であり、五井松平氏5代(忠景・元心・信長・忠次・景忠)の墓が墓地の北側にある。
行基が掘ったという5つの井戸のうちの一つが境内の入り口にある。
12月24日  豊橋市: とよはしの民話 春興院の「いぼとり地蔵」を追加しました。
春興院 は曹洞宗の寺院で、山号は威徳山、東三新四国八十八ヶ所18番霊場。 本堂に向かって左手に、「ほとけ長屋」という仏像を祀ったお堂がある。  ここに「いぼとり地蔵」 があり、お地蔵さまにお祈りしてイボが取れたらお礼に松かさの首飾りを奉納するという。 
 東栄町: 国道151号線の 市原トンネルを追加しました。
国道151号線で東栄町に入ると、最初に潜るトンネルがこれ・・・・・
平成21年(2009年)6月に竣工した延長192mの新しいトンネルで三輪バイパスと呼ばれ、以前はトンネルの出入り口の所をS字カーブに走る旧道を通っていた。そこには市原隧道があるが、今は通行できない。
12月23日  蒲郡市: 徳川家康がナギの木に隠れて助かったという民話「 家康のかくれナギ」を追加しました。
光明寺 の裏手に旧長興寺跡地があり、この空き地に2本のナギの大木がある。
南側は 幹周 2.96m、根回り 3.98m、北側は 幹周 2.82m、根回り 3.3m で、昭和32年1月10日 市指定天然記念物 で且つ 蒲郡の名木50選(5) の一つとなっている。
12月23日  新城市:吉川峠 を追加しました。
県道392号新城引佐線の吉川と竹ノ輪の境に吉川峠がある。
普通に車で走れば、単なる緩い坂道を越えたに過ぎないが、ここは、旧新城市と旧鳳来町の境になる。
現在は同一市内なので、県道番号や市町村名を表す道路標識等は一つもない・・・・・
12月22日  新城市:能登瀬の白岩温泉趾 を追加しました。
能登瀬の大銀杏 の南、高齢者生きがいセンター「市立おおぞら園」の北の細い通路を進んで行くと、水神宮が鎮座している。このお社を建て祭ったところ、下の川岸の割れ目から温泉が湧き出て、湯谷鳳液泉大野赤引温泉と共に、三輪川筋の三名泉と言われたという。今は落ち葉に覆われているが、当時、この天然の露天風呂に浸かりながら、目の前を流れる宇連川の川面を眺めていると、爽快な気分が味わえことだろう・・・・・ 特に新緑の季節や紅葉の季節は絶好だったと思う・・・・・でも、一度に入れるのは2〜3人かな?
12月21日  新城市:大野の ままこ淵 と、ここに伝わる昔ばなし「 ままこ淵」を追加しました。
県道439号能登瀬新城線の明治橋西交差点から真立川に沿って東に進むと、左に大きくカーブした所に立合橋と言う小さな橋がある。
この橋の下流側を覗き込むと、真立川のままこ淵がある。今は草が生い茂って、淵の景観を楽しむと言うには程遠い・・・・・けど、ここには意地悪ばあさんにいじめられて身を投げた親子の悲しい話が伝わっている。
12月20日  豊川市:一宮町の昔ばなし大木の不動の滝ものがたり を追加しました。
宝陵高校 南校門の東側にある小山に赤い鳥居が建っている。 鳥居をくぐって石段を上れば、そこには浅間神社や駒嶽神社、行者様、道祖神が祀られており、この一帯は、弥生・縄文時代の住居跡などがあって、才原古墳群の1つで行者古墳とも呼ばれていたという。
そして、鳥居の右手の茂みの中にはお不動様が祀られており、その後ろに落差3m程の滝がある。
 豊川市:赤塚山公園の ミニ四国八十八ヶ所巡り を追加しました。
赤塚山公園天望楼のある所は弘法山で、この山の麓には四国八十八か所巡りができる弘法様が祀られている。
出発地点の阿波国の所では弘法大師像が出迎えてくれて、ここから第一番が始まり、土佐国、伊豫国を経て鯖弘法に会うと、ここから三十三観音巡りもできる。その横には親弘法があり、ここにはベンチも供えられているので、チョッと一休み。更に讃岐国に入り、公園の散策路に出て、第八十八番を巡って一巡する。この八十八か所巡りは赤塚山公園ができる以前からあり、公園の施設とは関係がないとのこと。従って、赤塚山公園のリーフレットには記載されていない。
12月19日  豊川市・新城市:境川に架かる 郡界橋 を追加しました。
国道151号線の豊川市と新城市の境に境川が流れ、ここに架かる橋を「郡界橋」という。
昔、豊川市は宝飯郡、新城市は南設楽郡といい、この2つの郡の境に架かる橋から「郡界橋」という名が付けられたという。
境川も豊川市と新城市の境ではなく、宝飯郡と設楽郡の境を流れることから「境川」になったという。
12月18日  新城市:新城市中宇利と浜松市三ヶ日町を結ぶ 瓶割峠 を追加しました。
愛知県道445号鳳来三ヶ日線の新城市中宇利と、静岡県道308号鳳来三ヶ日線の浜松市三ヶ日町を結ぶ峠。
昔、黄柳野の住人が、三ヶ日町で水瓶を購入し、山道を帰ってきたが、峠の途中で足を滑らせてこの瓶を割ってしまったことから、瓶割峠と呼ぶようになったという。
 新城市:旧新城市と旧鳳来町を結ぶ 福津峠 を追加しました。
県道81号豊橋下吉田線の新城市中宇利から黄柳野を結ぶ峠だが、気にせずに走っていると、単なる坂道だと思う。
当然、同一市内なので県境とか市境とかの標識もないが、平成の大合併(新城市の場合は平成17年(2005年)10月1日)以前は、旧新城市と南設楽郡鳳来町を結ぶ峠だった。
 新城市:静岡県との県境 陣座峠 を更新しました。
新城市黄柳野地区の県道81号豊橋下吉田線から県道392号新城引佐線に入り、ササゆりの郷 を通って静岡県浜松市に入る所に陣座峠がある。峠を越すと愛知県道392号線から静岡県道303号線に変わる。
徳川家康が浜松入りする時や、長篠の戦い の時に武田軍がここに陣を敷いたところから、陣座峠と呼ばれるようになったという。
12月17日  豊根村:黒川トンネル を追加しました。
平成元年(1989年)10月に竣工した延長 207mのトンネルで、国道151号線から県道428号古真立津具線入って、湯〜らんどパルとよね に向かう途中にある。
トンネルの出入り口には同じ絵が描かれているが、花祭りの鬼は解かるけど、左の絵は何だろう?
 東栄町・豊根村:新太和金トンネル を追加しました。
国道151号線の東栄町振草と豊根村上黒川を結ぶ、延長685mのトンネルで、平成28年(2016年)8月に竣工。
今までの太和金トンネルは、トンネル内での車のすれ違いができず、どちらかが入口で待たなければならないという不便さが解消。
旧太和金トンネルの写真も残しておきたかったが、バリケードが張られ、残念ながら写真が撮れる状態ではない・・・・・
12月16日  豊川市:平尾町の 観音寺でmini四国八十八ヶ所巡り ができます。
観音寺は 星野神社 の裏手にある曹洞宗の寺院で、山号は大寿山。
境内には三十三観音が祀られ、寺院の裏山ではミニ四国八十八か所巡りができる。
第一番は阿波国(徳島県)から始まり、第二十四番土佐国(高知県)、第四十番伊予国(愛媛県)、第六十六番讃岐国(香川県)と巡り、最後の八十八番でお寺の境内に入る。
12月14日  豊橋市:多米峠・多米トンネル・多米峠休憩所 を追加しました。
豊橋市多米町と湖西市大知波を結ぶ多米トンネルは、昭和41年(1966年)6月に竣工された延長526mの多米峠のトンネル。
トンネルのある多米街道は、当初は有料道路だったが、昭和62年(1987年)7月1日 に無料となり、豊橋と湖西を結ぶ主要道路となる。
豊橋側から多米峠に向かうと、トンネルの手前左に多米峠休憩所がある。 トイレやベンチも備えられ、豊橋市街や三河湾が一望でき、夜景も楽しめる。
 新城市:四谷トンネルと真珠岩 を追加しました。
県道32号長篠東栄線を 四谷の千枚田 から設楽町に向かうと、最初のトンネルが四谷トンネル。
昭和43年(1968年)3月に竣工された延長73mの短いトンネルだが、設楽町側には加熱により膨張するというガラス質の火山岩「四谷の真珠岩」がある。 途中には、サザンカの花が楽しめる 大林寺 がある。
 新城市:仏坂トンネル を追加しました。
四谷トンネルを抜けるとすぐに仏坂トンネルがある。
仏坂トンネルは新城市と設楽町の境にあり、昭和46年(1971年)3月に竣工された延長608.5mのトンネル。 だが、四谷トンネルは昭和43年(1968年)3月に既に竣工済み、この3年間、まだ仏坂トンネルは開通していない… 四谷トンネルを抜けたら、どこを通って設楽町に入ったんだろう? あるいは、仏坂トンネルが開通するまで、四谷トンネルは利用できなかったのかな!?
12月13日  豊川市:篠田町の満願寺橋 を追加しました。
心想寺の西、3〜400m程の土々川に架かる橋で、昔、この近くに万巻寺というお寺があったことから、この名がついたという。
万巻寺は野武士の一団に焼き払われ、万巻和尚は赤坂の正法寺に移り住んで、そこで仏法を広め、多くの信者を導いたという。
万巻寺には、「まぼろしの寺 篠田のまがん寺」の昔ばなしがある。
 豊川市:篠田町の心想寺を追加しました。
ハス田で知られる篠田北の信号から南に下った所にある。
弘法堂には「篠田の弘法松と雷さん」の昔ばなしにある弘法様が祀られてある。
ここから西へ3〜400m行くと、土々川に架かる伝説の 満願寺橋 がある。
12月12日  豊川市:永昌寺を追加しました。
永昌寺は曹洞宗の寺院で、東三河四郡弘法大師48番霊場。 ここには百万遍の数珠があり、昔、村に大病人が出た時などは、鳥居松の浅い川(豊川) に村人が集まり水ごりをとって病気が早くよくなるように祈り、お寺で数珠を廻して 百万遍の念仏 を唱えたという。
百万遍の念仏は、今でも設楽町 清崎の毘沙門堂 で行われている。
また、鳥居松の浅い川は、昔、恋人同士が豊川を渡って会えるように、石を投げ続けて 浅瀬をつくったと言う民話 が伝わっている。
12月11日  蒲郡市:宗牧歌碑 に星越峠を追加しました。
12月10日  豊川市:金沢町のおゆき弁財天を追加しました。
金沢地区の県道69号豊橋乗本線から牟呂用水に沿って大坂神社 に向かう途中に案内板がある。
ここには、長篠の合戦で敗れた武田方の田峯城主菅沼定忠と家老の城所道寿が、家臣の謀反により城に戻れず、城中に取り残された城所道寿の子供とその乳母おゆきの悲しい物語 が残されている。この時謀反を起こした96人が処刑された 田峯城内乱の首塚と、謀反を企てた家老の 今泉道善処刑の地 が、設楽町に残されている。
祠の脇には皮膚病に効きめがあるという伝説の湧き水がある。
 東栄町:御園隧道を追加しました。
東栄町と豊根村を結ぶ県道74号阿南東栄線の東栄町側に、昭和29年(1954年)3月に竣工された、延長140mの隧道。
東栄町側の隧道の手前から、右に入る旧道があり、ここを上って行くと望月峠に出て、そこには、望月様(望月右近太夫義勝の祠)が祀られている。望月右近太夫義勝の奥方の祠 は設楽町にある。
12月09日  豊橋市:石巻中学校のナンキンハゼ が、真っ白い種子を付けました。
石巻中学校の正門を入って左手に、樹高 10.5m、幹周り 2.6m、推定樹齢 70年以上というナンキンハゼの大木があり、豊橋市内で最も太く、「とよはしの巨木・名木」100選(17) に選ばれている。
冬になると実が弾けて真っ白い種子が現れる
 豊川市:足山田の 御加留橋 と、そこに伝わる昔ばなし おかる畑 を追加しました。
県道21号豊川新城線を千両から新城方面に向かい、足山田の信号を過ぎて500m程進むと豊川用水に架かる御加留橋を渡る。
特別取り立てる程の橋ではないが、ここには足山田地方の昔ばなし「おかる畑」が伝わっている。
12月08日  豊橋市:豊橋のむかしばなし 日色野比久尼の伝説 と 菱木野天神社に伝わる 雀射式 を追加しました。
12月07日  設楽町:豊田市との境にある 新段戸トンネル を追加しました。
12月06日  豊川市:西明寺のクスノキ を更新しました。
 新城市:静岡県との県境、炭焼田トンネル陣座峠 を追加しました。
12月05日  蒲郡市、豊川市:国坂峠 を追加しました。
 豊川市:江島橋石碑大亀寺 を追加しました。
12月04日  東栄町:新本郷トンネル中設楽トンネル を追加しました。
12月03日  豊川市:長光寺のイチョウ三谷原神社のイチョウ が黄葉しています。
 新城市:牧野文齋記念公園 を追加しました。
12月02日  田原市:江比間町の南岑寺を追加しました。
12月01日  豊川市:八幡町のナンキンハゼ並木 で、ナンキンハゼの真っ白い種子が楽しめます。
 新城市:宇利峠 と、そこに伝わる昔ばなし「おとら狐」を追加しました。

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