共有山分割記念碑  豊川市御津町金野青木35
昔、山から薪炭やまぐさ、木材などを採集する権利のことで、金割・灰野両村と広石・西方など九ヶ村の間で争いが起こり、広石村の庄屋 平野源蔵と、組頭の竹本庄右衛門の二氏は九ヶ村代表として金割・灰野側と対抗。 当時の代官で、八幡町の八幡大池 や一宮町の東上分一番所 を造った鈴木八右衛門に直訴して重罪となり、寛文9年(1669年)10月8日、現在の座王神社前で打首の刑に処せられた。 その後、明治27年(1894年)に共有山を各村に分割する盟約が結ばれ、解決したので記念にこの碑が建てられた。
二人の墓は広石の大日墓地にあり、昭和58年(1983年)には御津神社に 義人 平野源蔵・竹本庄右衛門顕彰碑が建てられている。
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【 2017年05月02日撮影 】

(1) 座王神社の入り口左手にある

(2) 共有山分割記念碑

(3) 義人平野源蔵・竹本庄右衛門の墓は大日墓地にある

(4) 義人平野源蔵・竹本庄右衛門顕彰碑は御津神社にある

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